薔薇十字団に愛を注ぎ込むブログです。
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「3.11」はヒロシマ・ナガサキに原爆が落とされた日、終戦記念日、阪神大震災に続く
日本人が忘れてはならない日になったと思います。 あれから1年。被災地に住んでいらっしゃる方々に1日も早く、心の底から笑える日が 戻りますように。1日も早く、元通りの生活に戻れますように。 その為に今、自分に何が出来るか改めて考えなくては。仕事があり帰る家があり、 家族がいて仲間がいて、食べる物があって健康な身体がある。それがどれだけ 尊く、奇跡的な事かを改めて考えなければ。当たり前な事なんて1つも無いという事を。 (長くなったので格納↓↓) 1年前の14時46分、職場で強い横揺れを感じ不安になるも、電話もwebも一切繋がらず 家族とも連絡が取れずに不安だった事。乗り合いの車で普段なら電車で30分足らずの 距離を2時間以上かけて帰った事。家に着いてTVを付けた瞬間に目に飛び込んで来た 信じられない光景に目を疑った事(震源が東北である事をその時知りました)。 翌日に控えていた友人との旅行も当然の事ながらキャンセル。駅の電光掲示板が 「全線運転見合わせ」の表示のまま会社にも行けなかった数日間。 週末にまとめ買いをしようと思っていたので冷蔵庫に僅かな野菜と冷凍食品しか無く、 市内のコンビニもスーパーもどこを回っても棚に食べる物が何も並んでいない不安さ。 停電の夜は毛布に包まり、懐中電灯とロウソクの明かりで冷たいご飯を食べた事。 計画停電で夜になって街から一斉に明かりが消え、信号や表示板のライトも消えた為に 各地で大きなブレーキ音と衝突音、鳴り響く救急車のサイレンに不安と恐怖が募った事。 止まない余震。自分の勤める会社の仙台支店が倒壊し、そこの社員が大勢犠牲になった事。 自分は関東在住ですが、被災地でなくても毎日が地に足の着かないふわふわとした 寄る辺のない不安の中で日々を過ごし、ラジオからの情報にひたすら耳を傾けていました。 だからこそ、震災の当事者である東北の方々の気持ちは察するに余りあります。 「絆」だの「がんばろう日本」だのと綺麗な言葉を並べていても結局「被災地の瓦礫は 放射能が怖いから」と一向に全国での受け入れが進まない事、福島から避難して来た 幼い子供が「他の保護者が我が子の健康への不安を訴えている為」と保育園の 入園を断られてしまった事や(その子の身体から何が出ていると言うのか?)風評被害、 どこにぶつけて良いのか分からない怒りや悲しみ、やるせ無さを感じながら今日まで 心が血を流すような思いで生きて来られた方が沢山おられる現実に胸が詰まります。 奪われた日常や景色、失った家族や仲間やペット、もう決して元には戻せないとしても 何か微力ながら自分達に出来る支援の方法があれば。何か出来る事があれば。。 本当は1週間くらい有給を取って被災地のボランティアにも申し込みたかったのですが 先に述べた通り、全壊した仙台の支店の分の仕事もこちらに回って来ている為、有給が 我が社ではほぼ都市伝説と化しております。・・・ですが、こうして亡くなった仙台支店の 社員の方の分まで連日仕事をする事が、今の私に出来る最大の支援なのかもなぁと思い 春先の新入社員が配属されるまでの間、頑張って連日残業して働こうと思います。 あとコンビニでお釣りの小銭を募金箱に入れるとかね。本当に微力なお手伝いしか 出来ずに申し訳ないのですが。。出来る事からコツコツと、息の長い支援を続けて 行きたいと思います。改めて、亡くなった方々のご冥福を心よりお祈り申し上げます。 黙祷。及び合掌。 PR |
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益田は正義だと信じてやみません。若者とオッサンを幸せにする為に奮闘する日々。
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