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薔薇十字団に愛を注ぎ込むブログです。
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★久しぶりに榎鳥を更新~。
前回アップした益和SS「太陽と北風」の榎鳥Ver.です^^

それでは以下よりお進み下さい。少しでもお楽しみ頂けたら幸いです・・・!!










嗚呼、それでも貴方を構成するその香りも含めて、僕は。



【トランキライザー】



「…5本目」

ふいにぽつりと漏らされた呟きに、自称“神”こと探偵は小さく瞬きをした。

「うん?鳥ちゃん、いま何か言ったかい?」
「5本目だって言ったんです。今のそれで、5本目」

ついと指を指された先には、今まさに探偵の手によって
火を付けられたばかりの、真新しい煙草。 ふぅ、と旨そうに一口吸い込んで、
すぐに吐き出された紫煙は空中に溶けて消える。

「煙草はこの最初の1口目が一番旨いんだ。君もそう思うだろう?」

どうだい鳥ちゃんも1本、と煙草の缶を差し出されたものの、
カメラマンの青年は遠慮しときます、と首を横に振った。

「僕ぁ普段からそんなに吸いませんから。むしろ煙草より酒の方が好きな位で。
 それに大将の煙草、すっごい癖があるんですもん。
 とてもじゃないけど、僕はそんなキツいのは無理です」
「そうかな?僕は好きだけどね。甘ぁいヴァニラの匂いがして」

何を書くでもなく万年筆を指先で弄びながら、探偵はどこ吹く風で2口目を吸う。
なるほど確かに、探偵の口から吐き出される煙は独特の甘い香りがした。
筆記体の横文字が記されたクラシカルな煙草の缶には舶来物特有の重厚感があり、
それが探偵の友人である貿易商の男の手によって取り寄せられている事を、
カメラマンの青年は付き合い始めて間もない頃に探偵の口から聞かされた。

確かにこんなにも甘い芳香を撒き散らす外国煙草を、その辺の街角の煙草屋が
取り扱っている筈もない。 この独特の甘い香りは、それを愛飲している相手の
容姿と相まって、非常に異国情緒漂う気品と風格を感じさせ、
まるで映画のワンシーンのように様になっている…までは良いのだが。

「その煙草、さっき封を切ったばかりじゃないですか。少し吸い過ぎなんじゃないですか?」
「そんな事は無いさ。これでも戦争前と比べたら随分と本数は減った方なんだ。
 若い頃は背伸びしてみたい気もあったし、しょっちゅう吸っては消しを
 繰り返してたかなぁ。今思えば時代の閉塞感もあったんだろうけど、
 とにかくあの頃よりは本数は大分減った方だよ」
「でも、戦争中によくそんな洋物が手に入りましたね。流石にお金持ちは違うなぁ」
「父親とか兄とか…まぁ、辿ればツテなんて幾らでもあったからね。
 あの時代は誰がいつ死んでもおかしくなかったから、煙草くらいは
 せめて好きな物を好きなだけ吸いたかったんだ」

まぁ、そんな事を言っても僕は左目以外は五体満足できっちり生きて戻って来たけど。
そう言って懐かしそうに目を細めた探偵は、そのまま窓の外に視線を向ける。
その柔らかな鳶色の瞳には、果たして何が映っているのだろう。
単に屋外の雑踏でしかない平凡な風景の中にも、探偵本人は時を越え、
過ぎ去りし帰らざる何かを見ているのかも知れないと青年は思った。

「僕くらいの年になるとね、“嗜好品”と云う言葉の意味がよく分かるようになるよ。
 この香りを嗅ぐだけで自然と蘇る記憶もあるんだ。その中にはずっと
 憶えておきたい事もあるし、潔く忘れてしまいたい事もある。
 それでも…銘柄を変えようと思った事は無かったな。ただの一度もね」

ねぇ、どうしてだと思う?
普段の躁めいた言動からは想像も付かぬ深みのある声で話す探偵の横顔は、
まるで役目を終えた舞台裏のクラウンのようで。その素顔を知る権利を
自分が有している事に対する、誇りとも畏れとも付かぬ感情を昇華したくて、
青年は細く長い溜め息を吐いた。

「その記憶一つ一つが…今の大将を形成してるから、ですか…?」
「ご名答。…と言いたい所だけど、ただ単にこの甘ったるい香りが無いと
 落ち着かなくなったってだけの話でもあるんだ。あんまり馴染み過ぎて、
 これが無いと落ち着かなくて仕方ない」

ああ、そのままじゃ灰が落ちますよ、と青年からすかさず差し出された灰皿に、
灰を落とす事なくそのまま先端を躊躇いもなく底に押し付けて。 探偵はいつも
火を点けた後にほんの数口吸っただけで、この様に揉み消してしまう事が常だった。

「…大将って、いつもそうやってほんの少ししか吸わない内に消しちゃいますよね。
 僕にはそんなお大臣な吸い方、とてもじゃないけど真似できませんよ。
 今日び煙草だって高いですもん。勿体ない」
「でも煙草で一番旨いのはこの1口か2口目くらいまでだろう?
 贅沢な使い方をするからこそ嗜好品て呼ぶんだよ」
「…まぁ確かに、勿体無がって
 根元ぎりぎりまでふかしてる大将なんて見たくないですけどね」
「だろ?ちまちま吸って身体に障ってちゃ世話がない」

マスヤマなんかは貧乏臭くいっつも根元まで吸ってるんだ。
そんなに肺癌になりたきゃなれば良い。
死んだら死んだで事務所が広くなって丁度いいや。

決して本心からはそんな風に思っていない癖に、己の部下に対して
憎まれ口ばかり叩く彼の手から、青年は煙草の缶をひょいと掴み取る。

「またまた、そんな言い方したら益田君が可哀相ですよ。
 こんなキツいのを吸ってる時点で大将だって健康とは言い難いんだし。
 それに2人してぷかぷかやってたら壁もカーテンもヤニだらけになって、
 綺麗好きの和寅さんに怒られますよ。どうです、この際だから
 今日から少し本数を減らしてみるとか」
「君がバカ寅やバカオロカの心配までしてやる事はないよ。
 それに事務所がヤニ臭いのは何も僕だけのせいじゃないだろう。
 ここに訪ねて来る連中は京極は元より、関くんも豆腐男も喜久ちゃんも、
 みんな揃いも揃って愛煙家じゃないか。馬鹿兄やコケシ君だってそうだし。
 ここで煙草を吸わないのは君と、偶に訪ねて来る敦っちゃんくらいのものだ。
 僕ばっかり吸うなと言われるのは不公平だよ」

皆が良いのに僕だけ駄目だなんて狡い、と駄々っ子のような相手の言い分に
青年は思わずくすりと笑みを零すが、笑われた事にむっとした探偵は
再び煙草の缶を我が手に取り戻す。

「さっきも言ったけど、これが無いと落ち着かないし口寂しいんだよ。
だから急に控えろったって…」

あ。
自分の言葉で何か気付いたように、探偵はニヤリとする。

「―――それともあれかな?君がその口寂しさの解消に
 全面的に協力してくれるって言うのなら話は別だけど」
「えぇ?!何です、それ」

自分に突然振られた話に青年は驚いて瞬きをするが、
探偵本人はそれは名案だとばかりに、今まさに取り出そうとしていた
6本目の煙草を素早く缶の中へと差し戻す。

「君は僕の身体を気遣ってそう言ってくれてるんだろう?
 ・・・だったら協力してくれるよね、鳥ちゃん」

僕の為を思うなら、もちろん異論なんか無いだろう?言いつつ己の口唇に
手を伸ばさんとする相手の指先をやんわりと握り返して、カメラマンの青年は
机越しに身体を寄せる。そしてすっかりその気になって目まで閉じて待っている
相手の口元ぎりぎりに、己の口唇を触れるか触れないかの所まで近付けて、

「―――今度はこっちが癖になったらどうします?」

…そう呟いてから小さな、ごく控え目な口吻けをそっと落とした。
恋人のそんな言葉と口唇を受けた探偵は、くすくす笑いながら、
まぁ、仮にそんな事になっても僕は一向に構わない、否、むしろ大歓迎だよ。
そう言って今度は探偵自ら身を乗り出し、青年の口唇に深く深く吸い付いた。

「ああもう…本当に癖になったらどうしよ…」

漸く解放され、やや息の上がった青年は嬉しいような困ったような顔をして笑うけれど、

―――まぁ、そうなったら君は常に僕の傍に居なくちゃいけないね。
そうなった時は君、ここにお嫁においで。 一生大事にしてあげる。

大真面目な顔をした探偵から放たれたその言葉の意味を飲み込んだ
青年の頬が上気していたのは、何も口吻けのせいだけではない。




(了)



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