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薔薇十字団に愛を注ぎ込むブログです。
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第4話。

秋彦さんと榎さんの絆は、他人には推し量れないと思います。






翌日、鳥口は痛む腰と軋む関節をさすりながら、初めて中禅寺宅で
榎木津の話を聞いた時の事を思い返していた。



初めてに京極堂にて榎木津の“能力”の話を中禅寺から
説明された時、同時にこうも言われていた。

「物事を知る事と、理解する事と、受け入れる事は全く別の事だよ」と。

「榎木津の力は、本来なら忌み嫌われる類のものだろう。あいつの前では
秘密や隠し事は出来ないからね。心に疚しい事がある奴は勿論、普通の人間も、
例えば風呂上がりや便所から出てきた時に奴と遭遇したくないとか思う事もあるだろう。

勿論、あいつだって視たくもない物を見せられて閉口する事の方が多いだろうが、
人は皆、自分を主体に物事を考えるものだからね。視たくないものまで“見ざるを得ない”
あいつの事より、“勝手に視られた”と憤る者が多いのは確かだよ」

それを聞いた時、鳥口は何て理不尽なと思った。
世の中には生まれ育ちや貧富、障害の有無まで、自分の努力だけでは
どうしようも無い事は沢山あるのだ。榎木津の場合だってそうだろう。
彼も好き好んであのような能力を授かった訳ではないと云うのに。
それは親や血液型が選べないのと理屈は一緒なのだ。

それを中禅寺に言うと、

「頭では理解していても、それを万人が受け入れる事が出来るとは限らないものだよ」と

彼は、読みかけの本から目を離さずに静かに告げた。鳥口は中禅寺のそんな態度に
何故か興奮して、畳みかけるように言葉を繋いだ。榎木津が無理解な世俗に
貶められるような状況を想像するだけで、腹の底からざわついた怒りが沸いた。

「だってそれは大将のせいじゃないでしょう?むしろ大将の方が
見たくもない物を見せつけられて嫌な思いをするんでしょうに。
そんな事も知らずにやいやい言われたって大将が気の毒ですよ」

「それが“理解”と“受け入れ”の違いなのだよ。そればっかりは
個人の価値観だからね。こちら側が受け入れよと強制する事は出来ないさ」

「でも!」

「それはあいつ自身が一番よく分かっている事だろうね」

分かってるって何だよ、と鳥口は思った。
自分が自分であると云う、存在の根本的な部分に無理解を示されて傷付き、
戸惑い諦め、それでも尚それらを「仕方ない事」と受け入れなければならない現実。

榎木津の幼なじみである木場も以前、
「あれもガキの頃は今よりもう少し“まとも”だった」と話していた。

それは、幼い頃ならあるがままで居ても“無邪気”で済まされるからである。
彼が現在の破天荒で天井知らずな性格を形成するに至るまでの諦観や失望を思うと
鳥口は切なかった。彼は世間と云う枠に捕らわれない。

常に枠組みの外から世間を見つめている。自らを「神」だと標榜して。
そんな彼の強さに少しだけ安堵を覚える。その強さに裏打ちされた孤独を思いながら。
彼にはこんな些末な世界など狭過ぎる。その枠組みに合わせて彼の逞しい生命力や輝きが
ひしゃげてしまう事など耐えられないと思った。

なぜ榎木津の話を聞いていると、我が事の様に感情移入して心がざわめいているのか、
この時の鳥口はまだ気付いていない。


只、自分は彼を失望させる存在ではないと、声を大にして榎木津本人に伝えたかった。


「僕は師匠達に比べたら、確かに人生経験も考えも浅いですよ。でもね、お陰様で
これでもカストリ雑誌の記者なんて因果な商売をやってるもんで、世の中の裏側の
見なくていいような物まで見たり触れたりしてるんです。
だから僕は多少の事じゃビクともしません。大将の“視る力”だって最初こそ驚いたけど、
別にそれで誰かを傷付けてる訳じゃなし、大騒ぎするようなもんじゃないでしょ。
そんなの、AB型だとか左利きだとか、そう言うのと一緒ですよ。
少数派だってだけです。堂々としてればいいんだ」

いつの間にか語気に熱が籠もってドン!と座卓に拳を打ち付けると、
中禅寺の細君が淹れてくれたお茶の表面が波立った。

鳥口君、と中禅寺が声を掛ける。一瞬「煩い」と叱られるのかと思ったが、
読みかけの本から顔を上げた中禅寺は、予想に反して穏やかな表情をしていた。

「血液型や利き手と同じかね、あれの力は」
「ええ、そうです。少なくとも僕はそう思います」

そう鳥口がきっぱり言うと、珍しく中禅寺は目を細めて笑った。

「・・・榎さんにそんな事を言う人間が現れるとはなぁ」

「どういう意味です?師匠」

「…周りはあいつを常人とは違う破茶滅茶な人間だと思っているけれど、実はあいつに
そうさせているのは周囲の方なのだ。特殊な能力を持った人間が自分とは違うと云う事を
確認して安心したいのだ。榎木津のあの一見して型破りな性格はね、そんな世間と
折り合いを付ける為のあいつなりの処世術なんだよ」

榎木津は“榎木津らしさ”と云う仮面を付けて生きているのさ、
そう言って中禅寺は既に冷めてしまったお茶を一口飲んだ。

「なあ鳥口君。“互いの総てを受け入れる”と言うのは一見すると聞こえは良いが、実際は
なかなか困難な事だよ。互いの中の、ここだけは譲れない部分と踏み込んで欲しくない部分、
逆にこの相手にならここまで侵入されても構わない部分を見極めておかないとね、
いくら相手の為だと思ってした行為や言動であっても、全て独り善がりになってしまう。

“二人で居れば幸せは倍に、悲しみは半分に”なんて言葉があるが、あれは
大いなる勘違いだ。二人で居る事で、相手の辛さや悲しみまで我が事として
受け取らないといけなくなる。だから悲しみも当然、倍になるのだ。
互いの内側に踏み込む事で知りたくない事を知り、傷付き傷付けてしまう
事の方が多いものさ。しかしね、そうしてまで相手を理解したい、
自分を受け入れて貰いたいと思えるかどうかだろうね」

「師匠、」

「僕もあいつの事を口では馬鹿だ何だと罵るがね、それでもあいつとは
昨日今日の浅い付き合いではないのだ。
僕だってあれに人並みの幸せを掴んで欲しいと思う気持ちは持っているのだよ」

「師匠…」

「君にとっての榎木津が、榎木津にとっての君が、そう云った存在であるとは限らない。
でもね鳥口君、僕は君と云う存在が榎さんの近くに居るという事を嬉しく思っているよ」

・・・それから、僕を師匠と呼ぶのは止めろと言っただろう」

と、中禅寺が微笑いながら言うので、鳥口も思わず笑いながら
「はい、すみません、師匠」と言い、それから二人で顔を見合わせて声を上げて笑った。

鳥口はこの時初めて、中禅寺が心から笑っているのを見た気がした。
きっと中禅寺自身も榎木津の前でだけ晒け出し、受け止め受け入れて貰っている
部分があるのだろう。そして榎木津本人も、中禅寺にしか見せない貌があるのだ。
二人の間に流れる空気のように普遍的な信頼関係を感じ取って、鳥口はそれを確信した。

…そして同時に自分自身も、榎木津にとってそう云う存在でありたいと
願う気持ちが心の中で少しずつ、しかし着実に育ち始めている事を自覚していた。


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