塗仏を読んで「これは京極界に司益の火が着く日は近いな・・・」と思ったけど
全く火が着かないどころかあれ以来司そのものも出てこない事に業を煮やして
まさかの自家発電、司益。誰もが考えるであろうネタ。私の書く益田は常に乙女。
「んうぅ・・・はぁ・・・」
悩ましげな吐息が部屋に木霊のように響く。
「あっ・・・司さん、そこ・・・」
「ここが悦いの?」
司は指先にグイと力を込める。
「あぁッ!そこ、気持ちいいよぅ・・・」
益田はもうなされるがまま、半眼の目はトロンと虚ろだ。
「可愛いね、益田ちゃん。もっともっと悦くしてあげる」
クスクスと笑いながら、司は益田の細い腰に手をかけた。
◆
話は2時間前に遡る。
今日も今日とて益田は神の云うところの「下らない仕事」に精を出し、
一日中歩き回ってクタクタになった足で神保町のビルに階段を昇ってた。
本日の分の報告書を作成して、明日依頼人に渡すためである。
疲れた身体に3階までの道のりは遠いなぁと思いながら、カランと
ベルを鳴らして事務所のドアを開けた。そこに見慣れた1つの影。
「あ、おっ帰り~益田ちゃん!お疲れさまだねぇ」
五厘刈りの頭に派手な柄シャツ、金縁眼鏡。これで頬に刃物傷でもあれば
確実に「その筋の人」にしか見えない容貌にヘラリと笑みを浮かべて。
「あ、いらっしゃい。司さん」
男は司喜久男その人であった。
「司さん、今日は榎木津さんにご用事ですか?」
見れば事務所には和寅も榎木津も居ない。
和寅は夕飯の買出しだろうけれど、榎木津は寝室で未だ眠っているのだろうか。
「そうなんだよねぇ。今日はエヅに頼まれた物を届けに来たのさ」
輸入業をしている司は職業柄、珍しい物が手に入るとよくこの事務所を
訪れる。新しいモノ好きの榎木津を喜ばせる目的と、それからもう一つ。
「まぁ、益田ちゃんに会いに来たついでなんだけどさ」
にっこり笑うと案外人懐こい顔になる司に、益田も頬を綻ばせた。
◆
更に遡ること1ヶ月前。
益田が司に初めて出会ったのは、件の「伊豆韮山騒動」の渦中であった。
あの時はもう、何が真実で何が虚構なのかすら分からず、総てが終わった
今でさえ、あれは夢だったのではないかと思える程に現実味が薄い事件だった。
それでも静岡から帰ってきた益田は、司に黒川玉枝と内藤に関する報告をし、
「じゃあ、お疲れの益田ちゃんを喜久さんが労ってあげよう」
そう言われるがままに何だかやけに高そうなバーに連れて行かれ
(大変な時期に依頼しちゃったお詫びも兼ねて奢ってあげる、大丈夫
大丈夫、経費で落ちるからと言われ)そこで益田は生まれて初めてカクテルを飲んだ。
「これ、甘くて美味しいですねぇ」
ジュースみたい、とニコニコしながらグラスに浮かぶサクランボを弄ぶ益田に
どんどん飲んで、今日はとことん付き合ってあげると司も始終ご機嫌だった。
益田は知らなかった。甘くて口当たりの良い酒は異様に度数が高いと云う事を。
益田が意識を取り戻した時、頭上には見慣れぬ天井があった。
ここ何処だろう、でもまだ眠いなぁもう少し寝ちゃおうかなと考えた瞬間、
益田の意識は一気に覚醒した。益田は見知らぬベッドで一糸纏わぬ姿だった。
「?!!」
金魚のように口をパクパクさせてみても何も思い出せない。ガバッと起きると
酷く頭痛がして再び枕に顔を埋める。昨夜は司さんと飲んで、それから・・・
「あ、起きた?お早う益田ちゃん。気分はどう?お水飲む?」
そこにドアを開けて軽やかに登場したのが、他でもない司本人だった。
「お早うございます。大丈夫ですちょっと頭痛いけど・・・って!!」
今なら辞書で「あたふた」と引けば益田龍一の事、と載っているくらいの
慌てっぷりで益田は再びバネ仕掛けの人形のように撥ね起きた。眩暈がする。
「あのッ!な、なんで僕はこんな格好なんですか?!
あ、きっと吐いたんですねそうなんでしょう、いやぁとんだご迷惑をお掛けしました!」
そう一気に捲くし立てて立ち上がろうとし、自分が全裸なのに気付いて
それもままならず毛布を巻きつけて進退窮まっている益田に司は一言、
「あらら、覚えてないの?じゃあ、足元のゴミ箱を見てごらん」
と言った。怖る怖る中を覗くと、そこには大量の塵紙と当時まだ日本に
ほとんど普及していなかったゴム製の避妊具が2つ、丸めて捨ててあった。
「それ、便利だよねぇ。この前、仕事で海外行った時に買ったんだ」
そう笑いながら言った司によって、益田は総ての事態を察知した。
酷く眩暈がしたのは、きっと二日酔いのせいばかりでは無かろう。
(続)
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