文中に出てくる益田の初めての相手が誰かは、皆さんのご想像にお任せします。
もしも山下警部補だったら・・・相当萌えます・・・。
そして現在。
「・・・結構凝ってるねぇ、益田ちゃん」
探偵見習いも大変だ、と笑いながら司は益田の薄い肩に手をやった。
◆
探偵社で久々の邂逅を果たした2人は、一向に起きる気配の無い榎木津や
帰りの遅い和寅を待つ事を諦め、益田はテーブルの上に本日の報告書と
領収書、司の来訪と今日はもう上がる旨を書き置きし、司は探偵の
机の上に持参の品(舶来物のバスオイルだそうだ)を置いてビルヂングを出た。
一日中歩き回ってクタクタだと零す益田に、じゃあ外食は止して家呑みに
しようと司は提案した。司の住む洒落たアパートメントは赤坂にあった。
司は意外と手先が器用で、益田ちゃんはお客さんだから座ってて、と
言い残して台所で何かこしらえている。酒が入るとあまり物を食べない司と
元より食の細い益田であるから、きっと夕餉というよりつまみの類だろう。
案の定、30分足らずで台所から顔を出した司に、皿やグラスを受け取るべく
益田は立ち上がった。2人だけのささやかな酒宴の始まりである。
「司さんて料理上手ですねぇ」
右手に箸、左手にグラスで益田は始終ご機嫌だ。榎木津に言わせれば
「この幇間め」という事らしいが、褒められれば誰しも悪い気はしない。
「いやだな益田ちゃん、褒めても何も出ないよう」
笑いながら髪を撫でてやれば擽ったそうにクスクス笑う。もう酔って
いるのだろうか。疲れていると、酔いが回るのも早いのだろう。
しきりに腰をトントンと叩いたり肩をグルグル回している益田に向かって
「益田ちゃん、食べたらベッドに横になれば?」と提案してやった。
その一言に、何故か益田はビクッと身体を強張らせる。顔には引き攣り笑い。
「司さん・・・あのですね、僕は今日は本当に疲れてて、その・・・」
チラチラと上目遣いに自分の顔色を伺う益田に、司は合点がいった。
暗に今日はセックスは出来ない、と言っているのだろう。
ひと月前の同衾(益田は未だにあの時の記憶がない)をきっかけに、何度か
身体を重ねる仲になった。特に好きだと言われた訳でもなかったし、
益田とて、あれがきっかけで司に恋心が芽生えた訳では勿論なかった。
あの日の朝、動転している益田に一言、「初めてじゃなかったんだね」と
至極穏やかに言った司に「意外ですか」と幾分騒がしい心臓を押さえながら、
それでも精一杯冷静に聞こえるように答える益田に水を差し出しながら
「別に?益田ちゃんだって子供じゃないんだし、根掘り葉掘り聞くほど
喜久さんは野暮じゃないのさ。僕なんか益田ちゃんが聞いたら卒倒するような
エピソード満載だよう」聞く?と言いながら笑う司につられて、益田も笑った。
それからは偶に2人で飲んで、終電が無くなると司の家に寄り、身体を重ねた。
特定の相手を作らない司と、後腐れなく温もりを分け合える関係が益田には
心地よかった。一人っ子で、刑事時代は実家住まいだった益田にとって
転職に伴う上京と初めての一人暮らしが心細くないと云えば、それは嘘だった。
「今日はちょっと、無理です。腰が痛くて・・・」
酔いでトロンとした目で益田は訴える。それに分かってるようと答えて
「だから、お疲れな益田ちゃんをマッサージしてあげる。いいでしょ?」
部屋の隅の木製ベッドを指差して、司はにっこりと笑ってみせた。
「え?本当ですか?」
軽く驚きを見せる益田に「ほら、早く横になって」と付け足して司は
手を伸ばす。うつ伏せ寝の頭を包むようにして、長い前髪を掻き分けて
耳の後ろにあてると、そのまま指先に力を入れて揉み出した。
軽い強弱をつけて、適度な刺激を一定のリズムで与えていく。
本当にマッサージだけ?という目で見ていた益田だったが、
すぐにその目が気持ちよさそうに細められる。手つきが様になっていて心地良かった。
「司さん、料理だけじゃなくてこう云うのも上手ですね」
「でしょう?テクニシャン司と呼んで」
その言葉にクスクス笑いながら、丁寧に疲れた神経と筋肉の凝りをほぐしていく司に、
益田は自然と目を閉じた。想像以上に体は疲れていたようだ。
「はぁ・・・」
少しずつ重点をずらしてマッサージを続けると、益田からは溜め息のような
声がもれた。いつもは隠されている前髪の奥の細い眉からは力が抜け、
いつしか益田は、完全に司の優しい指先に身を委ねていた。
「気持ちいい・・・」
吐息のような声で囁くように呟いた益田に、
「僕ってば癒し系でしょう?」
手を休めずに言ったら目を閉じたまま、うふふ、と笑われる。
暫くそうしていて、本当に気持ちよ良さそうな顔で横たわっている
益田に、このまま寝てしまうのではないか、と司が思い始めた頃。
司の長い指が益田の華奢な背中のある一点をグッと刺激すると、目を閉じた
益田が微かに身じろぐ。ちょうど猫が甘えて膝で身じろぐような格好だ。
「はぁん・・・」
小さく微かに漏れる、くぐもった声。
寝言?と司が思った矢先、益田の薄い唇が溜め息のように言葉をつむぐ。
「はぁ・・・あぁ・・ん、そこぉ・・・」
うっとりとした声で言われて司は思わず手を止めそうになった。
辛うじてそれは免れ「ここ?」と訊きながら慎重に指先に力を込める。
「あっ・・・!そこ、悦い・・・司さぁん・・・」
その刺激に腰をくねらせて答える益田。一瞬だけ司の指先に強めの力が加わる。
「益田ちゃん・・・?」
あえてそれ以上は何も言わず、言われた通りの場所を重点的に押してやると
今度はふぅん、と言う細い声と恍惚とした吐息が薄い口唇から漏れ出た。
「はぁん・・・あっ、そこ・・・気持ち、いいよぅ、もっとぉ・・・」
今度こそ、完全に司の手が止まる。
「司さん・・・?」
半ば眠りの世界に落ちかけていた益田は、突然マッサージを止められてゆっくり目を開く。
潤んだ双眸の先には、困ったような嬉しいような、複雑な表情をした司が固まっていた。
「ねぇ、もうお終い、ですか・・・?」
うっとりとしながら少し不満そうに尋ねる益田。暗に「もっとして」と
書いてある事に司は少々、困惑気味である。何の自覚もない益田に対して。
「益田ちゃんこそ、テクニシャンだよ・・・」
「??」
「僕ね、今の益田ちゃんの声だけでイケるよ絶対・・・」
トロンと、それまで夢見心地だった益田の目が見開かれる。
「ちょっ・・・!なに言ってるんですか?!司さん!!」
思わず枕から頭を起こして叫ぶ益田に、司はニヤリと笑みを浮かべて
「折角だからさ、全身マッサージしてあげるよう」
わきわきと手を動かしながら「・・・もちろん中も、重点的にね」と
小さく付け足す。益田の薄い肩がビクッと跳ねるが、この際気にしない。
「ーーーッ!!」
明確な身の危険を感じた益田は慌てて体を起こそうとするが、うつ伏せ寝の
腰の上にマウント状態で乗られている為、非力な益田には覆す事が出来ない。
「今夜は本当にダメですってば!やだやだッ!司さん、ストップ!!」
益田は力の抜けてしまった体で、それでもバタバタと必死にもがく。
それをやんわりと、だが容赦なく押さえつけた司は、機嫌良さそうに
「益田ちゃんは誘い上手だねぇ。据え膳食わぬは男の恥って言うじゃない」
などと嬉しそうに言いながら、嬉々として彼の腰に手を伸ばした。
今度こそ、明確な目的を持って。益田はヒッというような色気のない声を
出して最初の内こそ抵抗していたが、下穿きのゴムに手を掛けられると一気に
脱力したように全身を弛緩させた。力で司に敵う訳も無い事などとっくに知っている。
「・・・お願いがあるんですど」
下穿きの中に手を差し入れながら「なぁに?」と答えてやる。
「電気・・・消して下さい・・・」
「うんうん、終わったら消そうねぇ」
「・・・今日、いっぱい汗かいたから・・・汚いですよ?」
「大丈夫大丈夫。益田ちゃんに汚い所なんて無いからさぁ」
片手で性器を包み込みながら、もう片手で胸をまさぐられると力が抜ける。
「ねぇ・・・司さん」
なぁに?と笑みを浮かべる司の方に首だけで顔を向けて、益田は囁いた。
「僕ね、司さんの事、結構・・・好きですよ」
“結構”という遠回りな言い方が、逆に司の心を酷くくすぐった。
「・・・うん。僕も益田ちゃんの事、気に入ってるよ」
恋とか、愛とか、そういう甘酸っぱい言葉の意味はまだ良く分からないけれど、
今は優しい温もりをくれるこの人の腕に、心地よさを見出してしまったから。
「今日は、されるがままにしか、出来ませんからね?」
「うんうん、それだけで十分だよう」
優しく仰向けに直されて、ゆっくりと差し込まれる舌の感覚に酔いながら、朝になったら
和寅さんに「今日は休みます」って電話しなきゃと、ぼんやりした思考回路で益田は思った。
(了)
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