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薔薇十字団に愛を注ぎ込むブログです。
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百鬼夜行シリーズで青木くんが元特攻隊だったという設定を見た瞬間から
温めていたお話です。これを書きたくてサイトを始めたと言っても過言ではなく。
サブタイトルは「ぼくたちの戦争」です。シリアス・オリキャラ登場します。
「続きを読む」からどうぞ。少しでも楽しんで頂けたら幸いです。。。







『ねぇ文ちゃん、また逢いたい人にもう一度会える魔法の言葉を知ってる?』

『お別れの時“じゃあね”じゃなくて“またね”って言えば良いんだよ』



8月15日の空にその言葉は固まったまま、僕の逢いたい人には二度と会えない。


・・・弥生。



◆クローズド・スカイ◆



「行っちゃうんだねぇ」
「ああ」

とうとうかぁ、と言いながら弥生は伸びをした。僕は兼ねてからの希望通り、
海軍予科練への入校が決まった。世の中は日々、不穏な色を濃くして行ったが
僕の生まれ故郷の仙台はまだ激しい襲撃を受けておらず、長閑な田園風景が
空の青によく映えた。航空隊は当時の若者達の憧れの的で、その訓練を行う
予科練に入る事が許されるのも、ほんの一握りの選ばれた人間だけだった。

もちろん自分が選び抜かれた優秀な人材だと誇示する訳ではない。
ただ生まれてこの方、特に大病もせずに育った幸運と、生来の負けず嫌いな
性格で(生真面目で融通が利かぬとは友人達の弁だ)蛍の光、窓の雪とばかりに
日夜必死に勉強して勝ち取った席である。予科練を卒業して念願の航空隊に入れば
若者達の憧れの飛行機乗りになれる。しかもそれだけじゃない。食事に白い飯も出る。
海軍だけに魚もたらふく食えると云う。大豆と大根との挽き割り飯や芋ばかり
だった生活とはお別れ出来る。なんだ、食う事ばかりじゃないかと笑わないで欲しい。
当時の育ち盛りの若者にとって、いや、当時の日本人のほとんどが、腹いっぱい
飯を食う事なんて夢のまた夢だったのだ。いつも空腹を持て余し、眠れば
食い物の夢を見て、大人も子供も野良犬のように痩せていった。それでもまだ
地方は農家の比率が高いから深刻な食糧難こそ逃れていたが、それも時間の問題だろう。
じきにここにもB29が飛来して、愛する村里の自然が炎に包まれるかも知れない。

----大切な者達が戦火に巻き込まれる、その前に。

「文ちゃんが飛行機乗りになるなんてね」
「東北の白面者にも優秀な奴は居るって事を東京者に知らしめてやるさ」

桐野弥生(きりのやよい)は自分と兄妹同然で育った幼なじみだった。
確か、自分より3つ下だから今年で15か。小柄でお下げ髪を揺らした弥生は、
彼女を知らない者から見たら、尋常に通う児童にしか見えないだろう。
自分も童顔の類だから、並んで歩いていても異性交遊というより、やはり兄と妹だった。

「文ちゃんがお国の為に頑張ってる間、私も伯母さんの家に疎開だからね。
しばらくお別れだね。出発の時は駅まで行ってお見送りするからね」

弥生の家は母子家庭で、元より体の丈夫でない彼女の母親と共に、
戦局の悪化に伴って地方の親戚宅に疎開する事が決まっていた。
しばしの別れ。果たして再会がいつになるのかは、誰にも分からなかった。

「千人針、隣組のおばさん達と縫ってるから。それも持って行ってね」
「ああ。有り難う」

そのまま何となく会話が途切れ、二人で無言のまま田舎の畦道を歩いた。
靴の裏に感じる草の感触。次に郷里の土を踏めるのはいつになるのだろう。

---果たして生きて戻って来れるだろうか。

戦争が始まって以来「自分だけは」と考える事は止した。
また、敢えて考えないようにする事柄が増えた。
・・・弥生は、どうだろうか。


「ゆうやーけ こやけーの あかとーんーぼー おわれーて みたのーは・・・」


ふいに懐かしい唱歌が耳に入る。唄っているのは・・・弥生だった。
弥生はこの歌が好きで、そして歌が上手で、いつもこの歌を口ずさんでいた。
父なし子と苛められた時も、新しい手縫いの浴衣で夏祭りに行った時も、
嬉しいにつけ、悲しいにつけ、いつもこの歌を唄っていた。

・・・今は、どんな気分なのだろうか。

僕は何も言わず、自分の数歩先を行く弥生の揺れるお下げ髪の先を見つめていた。

「じゅうごーで ねえやーは よめにーゆーきー」

お里の便りも・・・と僕は無意識に心の中で続けたが、そこで弥生は
ぴたりと唄うのを止めてしまった。
「弥生?」
「・・・文ちゃん、私、今年でいくつになったか知ってる?」
「知ってるよ。15だろう」

「・・・私もお嫁に行きたいな」

ぽつりと漏らされた声は、やけに明瞭に耳に届いた。
「どこに」
思いもよらない弥生の言葉に、僕はとっさにそう返してしまう。

「・・・文ちゃんのばか。朴念仁」

急に歩を止めて振り返った弥生の目は、やや吊り上がって見えた。
「なんだい、失礼な奴だな。急にそんな事を言われたって合点が行かないじゃないか」
ややムッとしつつも、その隙に僕は弥生の隣に並ぶ。僕より頭一つ分、小さい弥生。
「朴念仁は朴念仁よ。そういう時は“僕の所に嫁に来い”と言うものでしょう」
「・・・!!」

弥生のその言葉に僕は正直言って、かなり面食らってしまった。
兄妹同然に育ってきて、確かに一番身近な存在ではあったけれど、だからこそ
余計に僕は彼女を“そういう対象”として見た事が無かった。この時代に
青春時代を生きた者特有の諦観かも知れない。いつ吹き消されるとも知れぬ命。

「自分だけは」なんて楽観は出来ぬ時代。昭和18年の出来事である。
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