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薔薇十字団に愛を注ぎ込むブログです。
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とりあえず、これで「離別編」は終了です。↓↓







桐野の家から出てきたのは予想に反して弥生の母親だけだった。
弥生は僕たちと一足違いで先に駅に向かったのだと言う。

「文蔵くんが来たら一緒に行けばと言ったんだけど、先に行くって聞かなくて。
文蔵くんも知っての通り、あの子は昔から強情だから・・・」
そう言って薄く笑ったその顔が少しだけ弥生に似ていて、僕は何だか
堪らない気持ちになり、おばさんもどうかお元気で、と言った僕の
言葉は少しだけ語尾が掠れてしまった。

駅に着くと、粗末なベンチにぽつんと座る弥生の姿があった。
国防色のモンペに白いブラウスにお下げ髪。いつもと変わらぬ弥生の姿だった。
弥生は僕に気付くと立ち上がり、後ろにいる僕の家族にぺこりと頭を下げた。
思い残す事のないようにしなさい、と母が気を利かせて僕達を2人にしてくれた。

「・・・体に気をつけて」
「有り難う。弥生も元気でな」
言いたい事はお互い山ほどあるのに、何かが喉に詰まって当たり障りのない
言葉しか出て来ない。湯水のようにあった僕達の時間はいつの間にか蒸発して
無くなり、これから立ち向かわねばならない現実と言う名の姿なき化け物が
大口を開けて待ち構えている。発車のベルまで少し時間があるが、両親や
兄嫁や、きょうだい達にも言うべき別れの言葉がある。

「今日は来てくれて有り難う。少しの間、離れ離れになるけど
お互いめげずに頑張ろうな。・・・じゃあ」

そう言って手を差し出した僕に、やんわりとかぶりを振って弥生は言った。

「・・・ねぇ文ちゃん、また逢いたい人にもう一度会える魔法の言葉を知ってる?」
「お別れの時に“じゃあね”じゃなくて、“またね”って言えばいいんだよ」

そう言って優しく笑った彼女の顔が何だか眩しくて、握った手が温かくて、
僕は生涯この時を、彼女の笑顔と温もりを、忘れる事はないだろうと思った。

「・・・またね、文ちゃん」
「・・・ああ。またな、弥生」

周りの大人達から発せられる別れの空気を敏感に感じ取ったのか、幼い姪が
しゃくり上げたので「お母さんやお祖母ちゃん達の言う事を聞いていい子に
してたら必ず帰る」と約束をして指きりげんまんをした。涙もろい姉はハンカチに
顔を埋め、兄嫁はしきりに頑張ってね、こっちの事は心配要らないわと繰り返した。

僕は寂しげな弟の頭を優しく撫でてやりながら
「お前は男なんだから、母さん達をしっかり守るんだぞ」と言うと、泣く寸前の
しかめっ面をして何度も何度も頷いた。父は無言で僕の手を強く握りしめ、
母は泣きながら「貴方はお父さんとお母さんの子だから大丈夫よ」と言った。

そして列車のベルが鳴り、乗務員から着席を促されると一気に寂寥感が沸いてくる。
大きく開けた窓から皆が次々と僕に手を伸べ、最後の握手をした。

弥生は後方で泣きそうな、それでいて微笑っているような面持ちで
小さく手を振っている。堤防が決壊するのを恐れているのだろうか。

「弥生ッ!!」

僕がそう叫んで窓から身を乗り出し手を伸ばすと、今までさめざめと
泣いていた姉が、弥生の肩をグイと強く押して最前列に押し出した。

「文ちゃん・・・」

弥生の目からはとうとう堪えきれない涙が止めどなく溢れた。
そうだ。これがいつも僕が見ていたお前の顔だ。泣き虫だったお前の
くしゃくしゃのその顔を、ハンカチで何度拭ってやった事か。これで
この顔もしばらく見納めだ。だから慣れない大人の顔なんかしないで、
そのままの顔を僕にもっとよく見せて欲しい。

「文ちゃんまたね・・・!!必ず帰って来て!きっと、きっとよ!」
「ああ!きっと帰る!必ず帰るからな!」

無情にも列車がゆっくり動き出す。

僕はとっさに弥生の頬の涙を人差し指で拭った。
もう暫くお前の涙を拭いてやる事が出来ない。
だからこの涙をお前の代わりとして僕が持って行こう。
だからお前はせめて、これを僕の代わりとして持っていてくれ。
僕が投げたハンカチを弥生はしっかりと受け止めた。

「文ちゃーんッ!さようならぁーッ!」

弥生の涙を握りしめ、僕は力の限り手を振った。
皆の姿が完全に見えなくなるまで、何度も、何度も。

僕を乗せた列車はぐんぐん加速して、あっという間に
家族と弥生の影すら見えなくなった頃、僕はそれまで
握っていた掌を開き、半ば乾いてしまった弥生の残滓を
静かにそっと舐めた。微かに塩辛い味がして、そこで僕は
ようやく僕自身も、滂沱の涙を流している事に気付いた。



弥生と僕の青春時代の終わり。僕達は、18才と15才だった。
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益田は正義だと信じてやみません。若者とオッサンを幸せにする為に奮闘する日々。
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