薔薇十字団に愛を注ぎ込むブログです。
× [PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。 ★地震やら何やらの影響もあり、前回から大分空いてしまいましたが、久々に榎益を 【お気に召すまま】 ◆ 小学生の頃、クラスで一番お金持ちの子の家に遊びに行った事がある。 その子とは特別仲が良かった訳ではないけれど、たまたま帰りに靴箱で居合わせて 「これから僕んち、来ない?」と人懐っこい笑顔で言うものだから、その日は偶々 ピアノのレッスンが無かった事と、お金持ちの住む家が見てみたい興味本位とで 「うん。行く」と答え、言われるがまま彼に付いて行った。 自分の住む長屋とは比べ物にならない広さの家が物珍しくて、彼専用の 子供部屋があるのが酷く羨ましくて。始終きょろきょろと家の中を見渡してしまった僕は、 いま思い返せばとんだ“おのぼりさん”だったに違いない。それでも目に映る全てが 新鮮で目新しくて、自分の知らない世界に興奮を抑えきれなかった。 食卓に飾られた花、風にはためくレースのカーテン、壁に掛けられた絵画、 ポットから注がれる紅茶の香り。当時の自分の暮らしとは何もかも大違い過ぎて、 彼の母親から「お紅茶に入れるお砂糖は2つで良いかしら?」と優しく聞かれても、 それが果たして多いのか少ないのかすら分からない僕は、曖昧な笑みを浮かべて もじもじと下を向くしかなかった。 驚く事はこれだけではなかった。それは「おやつですよ」と言って彼の母親が 盆の上に乗せて来た、鮮やかな山吹色の球体。 蜜柑を大きくしたような、赤ん坊の頭ほどもある大きさのそれをナイフで 半分に切った時の、得も言われぬ弾けるような爽やかな香り。 これが「グレープフルーツ」と言う西洋の果物である事を、僕はこの時初めて知った。 彼の母親は二等分にしたそれを僕と目の前の彼の皿に一つずつ乗せると、 その切り口にサラサラと上等な白砂糖をたっぷりと掛け、先の割れたスプーンを 差し出して「さぁ、召し上がれ」と言ってにっこりした。 友達の家で出されるおやつと言えば駄菓子か煎餅、良くても羊羹が精々だと 思っていた僕には、手渡された皿の上に鎮座する舶来物の山吹色が、 酷くモダンでハイカラに見えてならなかった。 そもそも果物に砂糖を掛けたり、スプーンで掬って食べると云う発想自体が 庶民には無いのだ。お金持ちの家と云うのは、果物の食べ方一つ取っても 洒落ているものだと感心しながら口に運び、次の瞬間、こんな美味しい物が 世の中にあったのかと再び感激し、しかしながらそれを彼らの前で口にする事は 自分の家が貧乏であると公言しているようで些か躊躇われ(まぁ当時は紛れもなく 我が家は貧乏だったのだけれど。子供にも一応、見栄やプライドと云うものはある) 表情にこそ出しはしなかったものの、家に帰ったらいの一番に母に報告しようと思って ワクワクした事だけは鮮明に覚えている。 ◆ 大人になって勤め人となった今では、食べようと思えばグレープフルーツ位すぐに 手に入るし、値段で言ったらメロンやパインアップルの方がよっぽど高価だけれど。 それでも僕にとって、グレープフルーツと云う果物は、他のどの果物と比べても やはり特別な存在だった。 手の届かないものへの憧れ。 それに触れる事で得られる歓喜と高揚。 あの甘酸っぱい香りを嗅ぐ度に、今でもそんな子供時代の想い出が蘇る。 ―――何故、今になってそんな事を思い出したかと言えば、 ◆ 「あのう、榎木津さん…いつまでそうなさるおつもりです?」 「んー」 僕が榎木津さんの寝室を訪れたのは、日差しも暖かい麗らかな昼下がりで。 先生はまだ眠っていらっしゃるけど、もし起きたら昼食はテーブルの上に 用意してあるから、と言い残して和寅さんが買い出しに出た後。 さすがに今の内に食べないと夕飯に差し支えるだろうと思い、僕が遠慮がちにドアを ノックして中に入ると、寝台の上の掛け布団はこんもりと膨らんで、その膨らみは 規則正しく上下していた。 「あのう…榎木津さん、もう2時過ぎてますけど…」 僕がそう遠慮がちに声を掛けて布団を捲ると、相手がぱちりと目を開けた。 その顔から寝起きの不機嫌さが滲んでいない事に安堵しつつ、おはようございますと 告げようとした次の瞬間、伸びて来た腕によって手首を掴まれ、そのまま 僕の身体は布団の中へと引き込まれた。 抱きすくめられて性急に口吻けられ、あれよあれよと云う間に寝台に 縫い止められた僕は、これから始まるであろう行為に半ば覚悟を込めて目を閉じるけれど、 何故だか相手の様子が少々おかしい。 彼は僕のシャツのボタンを外すでもなく首筋に顔を埋めたまま、まんじりともせずに 固まってしまったのだ。そんな相手に僕もどうして良いか分からず困惑していると、 「…お前、なんかいい匂いがする」 ふんふんと鼻を鳴らしながら、彼は小さくそう呟いた。 (2) へ PR |
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妄想族。
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電車で読書。
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益田は正義だと信じてやみません。若者とオッサンを幸せにする為に奮闘する日々。
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