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薔薇十字団に愛を注ぎ込むブログです。
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★1話に出てくる本は、昔(中学生くらいの頃)図書館で読んだ思い出が。
作者も題名も何も思い出せないけれど、何故か今も心に残っています。
榎木津さんにとって、鳥ちゃんの存在は「救い」だと良いなぁと思っています。
榎鳥は、書いていてとても優しい気持ちになれるので大好きなCPです。

リクエスト下さった魚目さま、ここまでお付き合い下さった皆さま、
本当に有り難うございました。心から愛を込めて・・・LOVE!!










突然投げ掛けられた言葉に彼は少しきょとんとして。
そして―――ゆっくり首を横に振った。

「いいえ。全然」
「即答だね」
「だって、本当にそう思ってますから」
「…僕は人を殺した事がある。直接的ではないけどね」
「戦時中、大将は海軍の将校だったのでしょう?それなら仕方ない」
「そうかな。例え軍の命令だろうと何だろうと、事実は事実さ」
「あのですね、」

僕の指に自分の指を重ね、爪の形を確かめるようになぞりながら、
青年は一言一言、物語の続きを話すような口調で語り始める。

「あの時代に…自分の手を汚さなかった人間なんて居ないでしょう。
 僕はまだ徴兵される年じゃなかったけど、それでも心の中じゃ日本軍が
 敵の部隊を全員やっつけて…殺してくれればいいと思ってた。
 自分の手じゃない誰かの手を汚して、その願いを叶えて欲しいと思ってた。
 だから、貴方の手が汚れてると言うのなら僕の手だって汚れてるんだ。
 戦争に行った行かないは関係ない。誰の手も皆…泥や血で黒や赤に染まってるんですよ」

彼は自分の手を光に翳すような仕草で頭上に掲げた。
節くれ立った手はお世辞にもしなやかとは言い難かったけれど、
誰かの為に差し伸べる優しさと強さを持つその手が、僕には眩しく見えた。

「みんな誰かを傷付けて誰かを守って生きてるんでしょう。
 手が二本生えてるのは片方で自分の身を守って、もう片方で
 大切な誰かを守る為なんですって。だから大将の手が誰かの血で
 汚れているとしたら、きっとその血は大将の手から僕の手に跳ねたんだ。
 だって、当時まだ子供だった僕を守ったのは貴方たち大人でしょう。
 だから、僕の手もお揃いです」

ね、違いますか?そう言って微笑う青年の口唇に、僕は己のそれをそっと重ねた。
君はいつだって、僕が傷付かないように懸命になってくれる。

「…君は凄いね」
「えぇ?何がですか?」

君のその優しさに、僕はいつだって救われているんだ。

「ねぇ大将。僕はやっぱり大将の手が好きですよ。だって…」

君は僕の手を再び取り、少し何かを含んだような目で僕を見つめ、こう囁いた。

「この手は、僕の事を一番よく知ってるから。…僕の事、いつも満たしてくれるでしょう?」

ちゅ、と指先に口吻けて、悪戯に成功した顔で君は笑う。
一瞬、呆気に取られた僕を見て“してやったり”な顔をするから、思わず笑ってしまった。

「君には負けるよ」
「うへぇ。本当ですか?」
「今夜、泊まって行きなよ」
「やった!」

無邪気に喜ぶ君が可愛くて、僕が肩を抱き寄せると、君は急に真面目な顔付きになって

「僕は、もしも貴方が僕の前から居なくなる時が来たら、
 その時は貴方の靴をぴかぴかに磨いて待ってますから」

僕の顔を凝っと見つめるその目はどこまでも穏やかで、
それでいて限りなく強い意志を感じたので、

「じゃあ、その時僕は君に手紙を書くよ」

そう言って僕は、その凪いだ水面のような目を見つめ返した。

「手紙…ですか。大将が?」
「そう。僕は手紙なんて滅多に書かないから、貰った人間は周りに自慢できるよ」
「へぇ。何を書いてくれるんです?」
「そうだなぁ…君と初めて出逢った日から、今日までの事かな」
「それは…なかなかの長編になりそうっすね」
「だろう?関くんなんかよりは達者に書くよ」
「それじゃ、書き上がるまでに随分と時間が掛かりますねぇ」
「あぁ、一晩で書き終わるかな」

ふざけて小鳥が啄むようなキスを鼻先に落とすと、君は擽ったそうに笑って。

「…じゃあ僕は、大将の持ってる靴を端から端まで全部磨こうかな。
 貴方は衣装持ちだから、その日に何を着るかはその日にならないと
 決まらないでしょう?それなら靴も、どれを履いても良いように全て磨いておかなくちゃ」
「それじゃ、随分と時間が掛かるよ」
「ええ。一晩で終わるかどうか」

そこまで言うと、僕達は声を揃えて笑った。
だって可笑しいじゃないか。相手に気付かれぬよう、傷付けぬように出て行く者と
見送る者とが、眠い目を擦ってすっかり陽が昇った玄関でばったり鉢合わせるなんて。

「それって、良く考えたら何だか間抜けな画ですねぇ」
「確かにね。ああ、間抜けついでにそのまま一緒に眠ろうか。
 寝不足じゃ外に行く気も起きやしない」
「えぇ?それじゃ、大将出て行けないじゃないっすか」

僕の提案に君は、少し間隔の詰まった目を見開いて驚くけれど、
それでも僕の次の言葉にグッと喉を詰まらせて。

「…君は、僕に出て行って欲しいのかい?」
「そんな訳…ないじゃないですか」

ああ、そんな泣きそうな顔をしなくても大丈夫だよ。

「だったら良いだろう。2人で目が覚めるまでゆっくり眠ろう。
 あぁ、君は一度眠ったらなかなか起きないんだったな。いよいよ丁度良いじゃないか」
「それはまぁ…」
「ふふ。決まりだね」

きっと僕は、君より一足先に起きて部屋を出て行くだろう。
子供みたいに無邪気な顔で眠る君の額に、そっと小さな口吻けを一つ落として。
どの靴を履くかは、実はもう決めているんだ。
前に君が良く似合うと言ってくれた焦茶色の革のブーツ。

目が覚めた時、君は声も掛けずに出て行った僕を怒るだろうか。
或いは泣かれるかも知れない。涙を拭ってやれないのは心残りだけれど、
その時は是非、枕元にある手紙を読んで欲しい。
面倒臭がりで字を書くのが嫌いな僕の、超大作の大長編だ。
僕が君の事をどれほど愛していたか、それを読めば分かるはず。

感想が聞けないのはとても残念だけれど、それはまたいつか、
どこかで君と出逢えた時のお楽しみに取っておく事にするよ。


―――でもそれは、まだまだまだまだ先の話。
だから大丈夫、僕の大切な子。泣かなくても大丈夫だよ。


「寝る話をしてたら何だかまた眠くなっちゃったな。僕は寝るよ。君も付き合いなさい」
「わ、分かりました」

立ち上がって僕の寝室に向かおうとする君の腕を僕はグイと掴む。
予期せぬ僕の動きに君は驚いた素振りを見せるが、僕はすこぶる落ち着いた口調で

「ただ寝るだけじゃ、つまらないな。鳥ちゃんもそう思うだろう?」

僕の言葉に、察しの良い君は微かに目元を朱らめコクンと頷いて。
君の目の中に宿るものが情欲ではなく、ひたすら思慕の念を感じられる事も
僕にとっては至上の喜びだった。

「大丈夫ですかね、もしも依頼人の方でも来たら…」
「そういう時の為にあいつらが居るんだ。君はそんな事を気にしなくて良いんだよ」
「大将、」
「ほら、おいで。やりたい事を全てやろうと思ったら、人生は案外短いものだよ」
「榎木津さん、」
「うん?なぁに?」
「…好きです。愛してます」
「…うん。知っているよ。有り難う」
「榎木津さんは…言ってくれないんですか?」

―――嗚呼、君って子は本当に。

「続きは僕の部屋でね。・・・なんせ僕の手は、君の全てを知ってるみたいだし」
「礼二郎さん…」
「だからおいで、守彦」
「…はい」

はにかむように笑う君を抱き寄せて、それから、それから。
君の香りと温度と味と、君を構成する全ての要素を僕は余す所なく憶えておくよ。

僕の人生と云う縦糸に、君と云う名の横糸を織り込んで、一織り一織り大切に織り上げて。
僕が旅立つ日には君の枕元にそれも置いて行こう。
僕の指先に代わり君の涙を拭うように。僕の腕に代わり君を包み込むように。

いつか訪れるであろうその日の為に、今の僕に出来る事の全てを。 それまでの日々を
君と2人、そんな風に過ごせたら良いと―――僕はいつだって願わずにはいられないのだ。




(了)

 
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