薔薇十字団に愛を注ぎ込むブログです。
× [PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。 ★キリ番リクエスト小説第4弾は、魚目さまリクエストで久々の榎鳥です^^ ◆ 小さく鼻を啜るような音で僕は目を覚ました。 長閑な昼下がり。僕はいつの間にやら眠っていたようだ。 ぐん、と伸びをして辺りを見回す。 若草色のカーテンに石松模様の床。 普段と何ら変わりない僕の事務所の いつもと変わらない革張りのソファに、いつもと違う影が一つ。 【そんな風に過ごしたい】 「…鳥ちゃん?」 「あ、大将」 どうもお邪魔してます、と軽く頭を下げた青年の表情は僕の席からはよく見えず、 僕は立ち上がって彼の背後に歩み寄ると、彼の逆立てた短い前髪に くしゃりと指を絡ませた。 「あ、和寅さんと益田くんは外出中です。和寅さんは買い物で、益田くんは これから依頼人に会いに行くそうです。僕が来た時に丁度入れ違いで」 「で、君はあいつらから留守番を仰せ遣ってる訳かい」 「ええ。まぁ番犬よりは役に立つでしょう。電話にも出られるし 無闇に吠えないから貴方の眠りも妨げないで済む」 そう言って笑った顔は、僕のよく知った穏やかな表情そのもので、 僕は胸の内に温かいものが込み上げて来るのを感じた。 「起こしてくれて良かったのに」 「あんまり気持ち良さそうだったから、なんだか忍びなくて」 どんな夢を見てたんです?とても嬉しそうでしたよ、そう言って首だけを傾けて 僕に目線を合わせる青年の額に触れるだけの軽いキスを落として、僕は彼の隣に腰掛けた。 「ふふ。教えてあげない」 「えー?何でです、そう言われると気になるじゃないですか」 教えて下さいよう、と食い下がる彼の耳元で僕は小さなヒントを囁く。 「…たった今、正夢になったからもう良いんだ」 「え?」 少し驚いたように目を見開く青年に向けて、僕は少し声を弾ませて 「今日は、何だか君に逢えるような気がしてたんだ」 教えないって言うより、教える必要がなくなったって言う方が正しいかもね。 そんな僕の言葉に、君はパッと破顔して。 ―――ああ、こんな時、君の事が本当に好きだって思うんだ。 ◆ 「…で、君は今まで何を見てたんだい」 燕脂色の四角い物体が彼の頭上に浮かんでは消える。恐らくは書籍の類だろうか。 「ああ、これですこれです。 昨日、関口先生の所に原稿を取りに行った時に頂いたんですけど…」 彼がそう言って鞄から取り出したのは、やはり一冊の本で。 手渡されて中をパラパラと捲ると、どうやら和訳された外国の小説のようだった。 「サル君の蔵書にしては洒落てるね」 「頂き物だそうですよ。自分じゃ読まないからって僕にくれたんです。 その1冊の中に短い話がいくつか入ってるんですよ」 言われてみれば確かに数十頁ごとに別々の題名が記載され、そのどれもが 男女の愛だの恋だのの話のようで、なる程あの陰気な小説家には 似つかわしくない内容だと思った。 その本の中央辺りには青い栞が挟み込まれており、恐らく僕が 目を覚ました時に彼がここで読むのを中断したのだろう。 「“別れの季節”」 「ああ、それは…」 その話、ちょっと印象深いんですよ。綺麗だけど悲しくて。 そう言って文学青年を気取ってみせた彼の睫毛が微かに湿っているように見えて、 僕を覚醒させたあの音の正体を、僕は漸く知る事となる。 「ああ、それで」 泣いていたの、と言う言葉は言わなかった。 それは流石に野暮だろうし、君はきっと認めたがらないだろうから。 「戦地に向かった男と、それを待つ恋人の話なんです」 彼は遠くを見るような目で、物語の内容を訥々と語り始めた。 ◆ 戦争で前線に送られた男がやっとの思いで故郷の街へ、恋人の元へ帰って来る。 恋人は涙を流して男の帰還を喜び、男は自分を待っていてくれた恋人を、 取り戻した平和な世界で幸せにする事を誓う。 二人は結婚し、そして暫くは絵に描いたような穏やかで幸せな日々が続くのだが――― 「…幸せって、長くは続かないんですよねぇ」 目の前の青年はそう言って、小さな溜め息を吐いた。 「なんか、その男は急に恋人…あ、今は奥さんか。 奥さんの身体に、急に指一本触れなくなっちゃったんですって」 「触れない?」 「ええ。なんて言うんですかね、自分が触ると奥さんが汚れてしまうような気がして、 肌に触れる事がどうしても出来なくなっちゃったんですって」 「ああ…それは、」 「分かります?」 「何となくね」 恐らく、その男の抱える病理は心的外傷と云うやつだろう。戦争からは 命からがら帰還したものの、戦地で負った心の傷や封じ込めていた痛みが 漸く手に入れた平穏な暮らしの中で発露する事は、割りとよく聞く話だ。 「男はね、それからはどこで何をやってても違和感だらけなんです。 庭で水やりをしてても屋根に登って雨漏りの修繕をしても、奥さんと食卓を囲っていても。 平穏無事に暮らしている自分がとても奇妙に思えて、どこに居ても居心地が悪くて。 …しまいには、自分を労る奥さんの存在すら煩わしいと感じる程に追いつめられて」 「それは…災難だね」 きっと男の目には己の手が、未だに血と泥と脂にまみれたまま映っているのだろう。 戦場と云う特異な空間に身を置いていた時間が長ければ長いだけ 人は、その奇異な空間を「日常」へと転化させて行く。 そうでなければ心が壊れてしまうから。 壊れた心は元には戻らないから。 非日常を日常に、異常を正常に還す事でバランスを取ろうとする、人間の 逞しくも哀しい習性、有り体に言えば生への執念と本能…そんな所か。 「最初はね、奥さんの方も夫の苦悩を理解して、色々と努力をするんです。相手の心に 寄り添って、邪険にされても文句も泣き言も言わず、相手の歩幅に合わせて。でも…」 駄目だったんです。寧ろ、駄目になってしまったと云う方が正しいのかなぁ。 「男は気遣われれば気遣われる程、優しくされればされる程、そうさせている自分が 惨めで情けなくて、愛する人に申し訳なくて。このままじゃいけないと頭では 分かってるのに、優しくしてやる術も見つからなくて。しまいには、誰よりも 大切な筈の彼女に手を上げてしまって。それでどんどん袋小路に嵌って…」 青年は小さな溜め息と共に本の表紙をツ、と撫でた。僕はその仕草に なぜか愛しさを覚え、己の手を相手のそれに重ね合わせた。 「それで男は、とうとう決心するんです」 「決心?」 「男はもう一度、自分から志願して戦場に向かうんです」 「“日常”に帰る為かい」 「ええ、きっと。…皮肉な話ですよね、せっかく生きて帰って来れたって云うのに」 重ね合わせた手に少しばかり力を込めれば微かに脈動を感じる。 たったこれだけでも、確かに伝わるものはあるのに。 「平和に厭きた訳じゃない。血を流したい訳じゃない。それでもそれを選択したのは… 既に男の中で日常と非日常が完全に入れ替わってしまったからです。 そうでなければ戦場から生きて帰って来れなかったのかも知れないけど、 結局はその順応性が仇になってしまった訳だから、やっぱり…皮肉な話ですよね」 「…彼女は、」 「え?」 「その男に置いて行かれた彼女は?」 「ああ…それが」 ここが一番の読ませ所なんでしょうね、そう言って 青年は燕脂色の表紙を再びパラパラとめくった。 「男は夜明けの…まだ外が暗い内に出て行こうとする。勿論、彼女には 行き先も告げないままに、何も告げず、何も言わず、一人で何もかも 抱え込んで出て行こうとする。でもね…居たんですよ」 「居た?」 「ええ。彼女は居たんです。男を待ち構えるように玄関に。 男は一瞬、お願い行かないでと彼女に縋り付かれるんじゃないかと身構える。 でも、男の予想はあっさり外れるんです。 彼女は何も言わず、男の眼前に一足の靴を差し出すんです」 その靴は、男が戦地から戻って来た時に履いていたもので―――。 「その靴はピカピカに磨かれていた。きっと彼女が一晩中、丁寧に時間を掛けて 磨いたんでしょう。妻は夫が何を考えていたのか、何もかもお見通しだったんです。 夫がじきに自分の前から居なくなる事も、死に場所を求めて再び戦地に戻る事も、 何もかもお見通しで。それでも彼女は靴を磨いた。せめてもの餞だったのか、 自分自身の中の未練と決別する為なのか、一晩中どんな想いで彼女が 靴を磨いたのか、知る術は無いけれど…」 「男は、」 「何も言いません。妻の方も何も言わない。その姿に絆されて、戦地に行くのを 止めるのか、その靴を無言で受け取って戦地に赴いてしまうのか… 何も描かれないまま、物語はそこで終わるんです」 「結末は各々の心次第って訳だね」 「はい。だからかなぁ、この話、妙に心に残るんですよね。この本の中で 一番短い話なんですけど、妙に後を引くって言うか余韻が残るって言うか…」 にわか文学青年はそう言うと、僕の肩に己の頭を凭れ掛けさせた。 「鳥ちゃんは…」 僕は相手の髪に指を絡ませてゆっくりと梳くようにしながら問い掛ける。 「君は…僕の手を汚れてると思うかい?」 「え?」 (2)へ PR |
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益田は正義だと信じてやみません。若者とオッサンを幸せにする為に奮闘する日々。
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