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薔薇十字団に愛を注ぎ込むブログです。
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★これを書くに当たって、ショパンのピアノコンサートにご招待して下さった萩中さん、
「鳥益は青春ですよ」と素敵な作品で感化して下さった益田師のミロさん&一色さん、
「青春と言えば炭酸。炭酸と言えばラムネですよ」とアドバイスを下さったれい子さん、

そして何より、素敵なお題をリクエストして下さったあんこさんに、心から感謝を込めて。







煌びやかな高音から深みのある低音へ、音と音とが絡み合い溶け合い、
勇壮で力強く、尚且つ優雅で繊細な展開をみせる旋律と、それを生み出す
益田の指先に鳥口は釘付けになった。

益田は解き放たれたように鍵盤を叩き続けた。
一種の圧倒するような空気を纏った目の前の相手は、鳥口の普段よく知る益田とは
完全に一線を画しており、しかしこれこそが本当の益田の姿なのだと思えるほど、
その両の目には冴え冴えとした火が灯っていた。

既に益田の目は楽譜の五線に記された音符も記号も追ってはいなかった。
まるで何かがその身に乗り移ったかのように一心不乱に曲を奏でる姿には
一種の凛とした美しさすら感じて、鳥口は目が離せなかった。

…そして、ふと鳥口は益田の睫の先に光るものを見つけてドキリとした。
同時にその涙の意味を汲み、本人には聞こえぬように小さく息を吐いた。


懐かしくて切なくて。
嬉しくて悲しくて。
帰りたい、もう帰れない。


ピアノに触れた事で湧き上がった想いが振り子のように益田の中で揺れ、
その発露が指先を伝って音を奏でさせているのだろう。

(もう“懐かしい”になっちゃったんだもんな…)

あの夏の向こう側に置いてきたもの、落としてしまったものは余りに多過ぎて。

益田の目には今、何が映っているのだろう。
その目は“今”を通り越して、あの夏の向こう側の
過ぎ去った遠い想い出を見ているのだろうか。

ポーン、と最後の音が空気に溶けると、益田は小さく鼻を啜った。
同時にタイミングよく店の電話が鳴り、店主は小さな拍手を残して
奥へと消えて行った。再び二人きりになった空間で、相手の
紅く染まった目尻を見つめるのは礼儀に反する気がして、
鳥口は不自然にならないように視線を上に移した。

「こんな感じなんだけど…どう?」
「凄いよ、益田くん!明日からこれで飯食って行けるよ!僕は申し訳ない位
 クラシックには疎いけど…でも、感動した」
「ふふ。ありがとう」

はにかみながらも、どことなく涙声の益田の薄い肩を鳥口は無性に
抱き寄せたい衝動に駆られたが、その気持ちを振り払うように、


「・・・今の曲、聴いてたら何だか大将の顔が思い浮かんじゃった」


努めて明るい口調で、場の空気を変えた。
益田は鳥口の言葉に一瞬、虚を突かれたような顔をする。

「えー?榎木津さん?」
「そう。なんかそんな感じがしない?力強くて堂々としてて、でも何だか上品な感じがしてさ」
「何それ。鳥口くん、あのオジサンの事、少し褒め過ぎじゃない?」
「そうかなぁ」
「そうだよ。だってさぁ…」

益田は猫のような目を見開いて楽譜を指差しながら

「この曲の題名、“英雄”って言うんだよ?」

“破天荒”とか“大迷惑”とかならいざ知らず、それは無いってば。
あ、因みにそんな名前の曲は無いけどね。鳥口くんて、やっぱり面白いね。
そう言って笑う益田の声にいつもの調子が戻っているのを感じて、鳥口は少しばかり安心した。

「じゃあ榎木津さんが“英雄”なら、今度は鳥口くんぽい曲でも弾こうかな」
「僕っぽい曲?」
「そう。すごくそれっぽいのがあるんだ」

益田は再びパラパラと楽譜を捲ると、あるページで手を止め、再び鍵盤に向き合った。

のっけから跳ねるように始まった伸びやかな明るい旋律は
聴いているこちらの心まで浮き立つようで、先程までとは打って変わって
晴れやかな表情で鍵盤を叩いている益田の姿にもそれは現れていて、
この明るい曲を自分のようだと評した益田の言葉が、鳥口には素直に嬉しかった。

先程より幾分短めの曲が終わり、鳥口が心から賞賛の拍手を送ると、
益田は照れたように前髪を掻き上げた。

「…こんな感じ。ね、元気で明るくて鳥口くんぽいでしょう」
「いやぁ凄いよ。よくそんなに早く指が動くもんだ」
「久しぶりに曲らしい曲弾いたから指が痛くなっちゃった。
途中で何個か音外しちゃったしね」

少し恥ずかしそうにそう言って、益田は手を握ったり開いたりしているが、
当然の事ながら鳥口はどの音が外れたかなど知る由もなかった。

「この曲はねぇ、“子犬のワルツ”って云うんだよ」
「子犬のワルツ?」
「そう。子犬がね、自分の尻尾を追い掛けながら、
 くるくる回ってはしゃいでる様子を表してるんだって」
「へぇ」

鳥口がもしそんな犬を見つけた日には「馬鹿だな」程度の感想しか
浮かばない所だが、やはり芸術家と云うものは凡人の自分とは感性が違うらしい。
鳥口が感心していると、益田がぽつりと

「…僕は“英雄”より、こっちの方が好き」

そう言ってはにかんだ益田に、鳥口はドキリとした。益田のその言葉は、まるで
“榎木津よりも鳥口の方が好き”だと言っているように聞こえて。
その言葉を妙に意識してしまった鳥口は益田の顔を直視する事が出来ず、
そう…とだけ呟いて己の爪先をただ凝っと見つめていた。





あれから二人はピアノを弾かせてくれた店の店主に丁寧に礼を言い
(クラシック好きの店主は益田を気に入ったらしく、是非また弾きに来てくれと
逆に頼まれてしまった)益田が利用する駅までの道を肩を並べて歩いていた。
しかし、ふいに鳥口が何かを見つけて走り出す。

「益田くん!ちょっとそこで待ってて!」
「え?!何、鳥口くんどうしたの?!」
「いいから待ってて!すぐ戻るから!」

投げ掛けた問いには答えず、鳥口は角を曲がって走って行ってしまう。
何か用事でも思い出したのだろうか。所在をなくした益田は仕方なく
壁に凭れて相手の帰りを待つ事にしたのだが、予想に反して鳥口は
あっと云う間に曲がり角から戻って来た。しかも、その手には何やら握られている。

「はぁ…ごめん、お待たせ」
「いや、全然待たされてないけど…でも急にどうしたの?」
「これ、益田くんに」

軽く息を整えた彼に手渡されたものは、ラムネの瓶と一枚のチョコレートで。
予想外のものを受け取った益田は目を丸くする。

「さっき、角でラムネ屋の屋台が見えたもんだから」
「それで買いに行ってたの?」
「そう。しかも運の良い事にラムネ屋が止まった先に駄菓子屋があって」
「それでこのチョコレート?」
「うん。さっきは良い演奏聴かせてもらったから、ほんのお礼」
「やだなぁ、そんな気を遣わなくて良いのに」

払うよ。いくら?そう言って鞄の中の財布に手を伸ばそうとした益田を制して、
鳥口は自分の分よりも先に益田のラムネの栓を開けてやった。

「僕があげたくて買ったんだから、気にしないでよ」
「…ありがとう」

じゃあ、僕もあげたくてあげるんだから気にしないで?
そう言って益田は手にしたチョコレートをパキンと2つに折って鳥口に手渡し、
それから二人で悪戯っぽく笑った。

「チョコレート食べるのって、何だか久しぶりな気がする」
「うんうん。僕も」
「甘いもの食べるとさ、なんで顎の辺りがギュッて痛くなるんだろうねぇ」
「あ、益田くんも?僕もなるよ。なんでだろうね」
「あとさ、チョコレートの銀紙噛むと、何で歯がギリギリするんだろ」
「ね。不思議だよね。僕も分かんない」
「あとさー、ラムネのビー玉って、どうやって瓶の中に入れるのかなぁ」
「それ、僕も前から不思議だった」
「そうでしょ?ね!不思議だよねぇ」
「うん。不思議だねぇ」


二人でとりとめの無い会話をしながら、こんなに不思議だ不思議だを連呼していたら
自分が師と崇める中野の賢人に叱られてしまうなぁと鳥口は思ったが、今の益田が
自分に求めているものは「理論的な答え」や「模範解答」ではないと云う事も分かっていた。

今の自分達に必要な事は、胸に湧いた取りとめのない小さな不思議に
素直に共感して共有する事だ。そう思った鳥口は、益田の言葉に相槌を打ちながら、
爪先を見つめて二人分の歩幅を合わせる事だけに専念し続けた。




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益田は正義だと信じてやみません。若者とオッサンを幸せにする為に奮闘する日々。
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