薔薇十字団に愛を注ぎ込むブログです。
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★「君がいてくれて良かった」とか「ありがとう」とか、何気ない言葉を声に出して
きちんと相手に伝えるという事はとてもとても大事な事だと思います。 同時に、そう伝えたい誰かが傍に居るという事は、これまたとてもとても幸せな事。 鳥益はほのぼのとした、「耳を/すま/せば」的な青春の甘酸っぱさがあると良いです。 ここまでお付き合い下さった皆さま、本当にどうも有り難うございました!!LOVE!! ◆ 「鳥口くんはさぁ…“戦争が終わった”って本当に実感したのはいつ?」 「え…?」 益田がふいに呟いた言葉に、鳥口は一瞬どう答えて良いのか分からず言葉に詰まった。 「鳥口くんは確か…東京の人じゃなかったよね。君は、玉音放送をどこで聞いたの?」 「玉音放送?故郷の福井の…軍需工事だけど」 「そっか。僕は藤沢の工場だった」 …て言っても音がザラザラで何言ってるか殆ど聞き取れなかったから、 終戦て実感もあんまり湧かなかったんだけどね。 そう言って益田はラムネを一口飲む。汗で光る喉仏の上下する様を見続ける事が なぜか鳥口には出来なくて、慌てて目を逸らした。 「僕が本当の意味で戦争が終わったって思ったのはね、…甘い物を食べた時」 「甘い物?」 「そう。戦争が終わって、それでも相変わらず周りはバタバタしてて、泣く事も喜ぶ事も 何となく出遅れちゃって、なんか居心地が悪かった時にね。こんな風に…」 友達が僕に、一枚のチョコレートをくれたんだ。 「進駐軍に貰ったって言って、銀紙に横文字が書いてあってね。 丁度こんな風に、二人で並んで歩きながら、割って食べたんだ」 それで一口食べたまでは良かったんだけどさぁ、そう言うと益田は再び遠い目をした。 「一口食べたらね、もうびっくりする位顎が痛くなったの。ギュウッて締め付けるみたいに 痛くなってね。甘い物なんて、砂糖なんてずっと口にしてなかったから、きっと身体の方が びっくりしたんだろうけど、もうね、その痛みがきっかけで急に涙が止まらなくなっちゃって」 「そんなに痛かったの?」 「ううん。なんて言うのかなぁ…その痛みで、色々と思い知らされたって言うか」 「何を…?」 「自覚しないまま色々な事や物を我慢してた自分に、さ。あの頃はそれを 我慢じゃなくて当たり前だって思い込まされてた事にもね。 甘い物を食べる事だとか思いっきり泣く事だとか、死にたくないとか 生きていたいとか、痛い事も辛い事も嫌だとか、色々全部」 「ああ、それは…」 分かるよ。僕もそうだったもの。 鳥口が頷くと益田は嬉しそうに目を細めた。 「向こうは敗戦国の人間にこんな上等な甘い食べ物を余裕で配れる国だもの。 最初っから日本が勝てる訳なんてなかったんだ。でもさ、あの時は そんな簡単な事にも気付かずに、僕達は色々なものを我慢して我慢して我慢して、 それで全部失ってさ。大切なものを失くしてからその事に気付いたって そんなの…もう遅いのに」 益田は少し怒ったような、己の内側に向けるような、それでいて外側に向けるような、 彼にしては珍しく少し強い口調で言い放った。その言葉と態度に、鳥口はひたすら うんうんと相槌を打って頷いてやった。 吐き出させてやらなければ。 受け止めてやらなくては。 胸の内に、そんな義務感にも似た気持ちが沸いている事に気付いた。 「本当はねぇ、戦争が始まったばかりの頃は、終わったらまたピアノを弾く生活に 戻りたいって思ってたんだ。うちは貧乏だったから、留学とか…そんな大それた事は 考えてなかったけど、働きながら音楽学校を出て、ゆくゆくはピアノ教師にでもなるか バーのピアノ弾きにでもなって、ずっと音楽に携わる仕事がしたいなって」 「うん」 「でもね、あの時…仲間とチョコレートを分け合って食べたあの時、 そんな気持ちも消えてなくなっちゃった」 丁度、チョコレートが溶けるみたいにね。溶けてなくなっちゃったのさ。 そう言って益田は再びラムネを一口飲んだ。 鳥口も真似して自分の瓶に口を付けたが、既に中身はぬるくなりかけていた。 「どうして」 「うーん、どうしてだろうねぇ…上手く言えないんだけど、気付いちゃったからかなぁ」 「気付いた?」 「自分は生かされてるって事に、さ。チョコレートを食べて痛がってる自分も、 泣いてる自分も生きてて良かったって思ってる自分も全部…そう思う事すら 叶わなかった人達の犠牲の上に成り立ってるんだなって…」 鳥口は益田のその気持ちが痛い程よく分かった。 鳥口とて、終戦を告げられた時に胸に湧いた思いがあったのだ。 単純に、生きていて良かったと云う気持ちの他に、じくじくと胸を刺す罪悪感。 共に玉音放送を聴いた仲間の中には、日本は神の国だ負ける筈がないと叫び、 殉死しようとする者も居たが、鳥口はとてもそんな気持ちにはなれなかった。 せっかく生き延びた命を、何故みすみす捨てなければならない? 自分は顔も見た事のない「カミサマ」の為に死ぬ事など到底出来ない。 自分の命は、誰かの犠牲の上に成り立っているのだ。 ・・・ならば、生きて生きて生き抜かねばなるまい。 「…生き延びた僕は、自分の為じゃなくて誰か他の人の為に生きなくちゃ いけないって思ってさ。戦争中はまだ子供で何も出来なかったから、 せめて戦後は何か返さなくちゃいけないような気がして」 人生の分岐点は、突如として目の前に現れる事がある。 益田にとっては終戦後のその瞬間と、もう一つ。 「…で、勇んで警察官になったは良いものの、鳥口くんもご存知の通り、僕は 箱根の事件がきっかけで警察辞めちゃったからねぇ。なんだかんだ格好付けた事 言ってる割には、中身が全然伴ってないんだよね。青木くんみたいに地に足着いてないし 鳥口くんみたいに強くもないしさ。本当、中途半端で情けなくて自分が嫌になっちゃうよ。 さっきだってピアノに触れた途端に急に懐かしくて胸が一杯になっちゃうしさ。 実はちょっと泣きそうになってるの、鳥口くんにバレないようにするのに必死だったんだ」 「そっか…全然気付かなかったなぁ」 鳥口はわざと軽い口調で返した。 本当はあの時、その震える肩を抱いてやりたくて堪らなかったけれど。 「あはは、ごめんねぇ。せっかく鳥口くんがチョコレートとラムネ奢ってくれたってのに、 なんか湿っぽくなっちゃった。ごめんごめん、今の話は忘れてよ。ね?」 「あ、あのさッ!」 お得意のへらりとした笑みを浮かべて無理やり 空気を変えようとした益田の腕をきつく掴み、鳥口は叫んだ。 「びっくりしたぁ…なに?」 「あのさ、益田くんはラムネのビー玉がどうして“ビー玉”って言うか…知ってる?」 「へ?ビー玉?わ、分かんない」 突然の事に猫のように目を見開いてパチパチさせている益田の手を取って 鳥口は畳みかける。いきなり手を握られた益田が驚いた顔をするが、 もうそんな事になど構っていられなかった。 「ビー玉ってさ、実はガラス玉の不良品の総称なんだ。規格通りに出来た 綺麗なやつをA玉、気泡が入っちゃったり少し歪なやつをB玉って呼んで 作る工程で仕分けるんだよ」 「へ、へぇ…そうなんだ。初めて知った」 「別にこれ、師匠に聞いた訳じゃないよ。前に別の取材してる時に偶々知ったんだ」 「そっかぁ。鳥口くんは物知りだねぇ」 でもさ、こんなに綺麗なのに不良品だなんて言われたらビー玉も気の毒だねぇ。 ラムネの瓶を光に透かしながら中に沈んだガラス玉を見つめる益田に、鳥口は続ける。 「…だからさ、何が言いたいかって言うとさ」 鳥口は息を吸い込む。ここからが一番伝えなくてはならない所だ。 「B玉ってさ、最初は確かに規格外の代名詞だったかも知れないけど、 今じゃ“ビー玉”がガラス玉の代名詞になってる位なんだからさ、だから…」 震えるな、声。 奮い立て、俺。 「益田くんだって…同じなんだと思うよ」 「え…?」 急に話の流れが自分の方に向いた事に虚を突かれた益田の手を、 強く掴んだまま鳥口は一語一語を大切に言の葉に乗せる。 「確かに益田くんはピアノも警察の仕事も途中で辞めちゃったかも知れないけどさ。 でも、それにはちゃんと君なりの結論と意味があった訳だし、今は中途半端で 不格好に見える事でもさ、それが後々大切な何かに繋がってく事もあると思うんだ。 少なくとも僕は、益田くんがピアノを辞めて刑事にならなきゃ箱根で 出逢えなかった訳だし、その後で警察辞めて君がこっちに来なかったら、今みたいに…」 「…」 ダッテ僕ハ、君ニ出逢エテ、トテモ。 「―――今みたいに、君と何かを共有する事は出来なかったよ」 「鳥口くん、」 「きっとさ、良い事も悪い事も地続きなんだ。転ばないと見えない物もあるし、 痛い目見ないと分からない事もあるし。例え本人がそれを格好悪いと思ってたとしても、 その全部を、ありのまま受け止めて認めてくれる場所がさ、必ずあるんじゃないのかな」 ガラス玉がガラス玉であるように。 ―――君は、君のままでいて。 「上手く言えないけど…益田くんが自分の足でここまで来た事とか、益田くんが今 ここに居る事とかってさ、僕は凄く意味があると思うんだ。君が気泡の入ったビー玉を 綺麗だって言ったみたいに、ラムネの瓶にビー玉が欠かせないみたいにさ、 君の存在が不可欠で、益田くんが居なきゃ始まらない事だって一杯あるんだよ。 だって、現に益田くんは今の僕にとって…」 「僕にとって―――君はビー玉なんだから」 だからどうか、君は君のままで。 あるがままで。 そのままで。 ずっと傍に居て欲しい。 「…あはは、何かごめんね。僕の方こそ急に熱くなっちゃって。 手、痛かったでしょ。あ、ほら。もう電車が来る時間だよ」 「鳥口くん、」 照れ隠しに駅の方向に視線を逸らした鳥口の手を、益田は握り返した。 「…どうもありがとう」 その、たった数文字の言葉に益田は万感の想いを込めた。 目の前の相手の優しさに報いる為に。 指先から温もりを分かち合う為に。 「…僕もね、こっちに出て来て良かったと思ってるよ。鳥口くんとか青木くんとか、 友達って呼べる仲間も出来たし。榎木津さんにはいつも理不尽な事ばっかり言われるし 和寅さんは口煩いけど、でも、こっちに来てからは退屈してる暇も無いくらい 毎日が賑やかで…すごく楽しいよ」 「益田くん…」 なんかさ、僕達ってば青春だねぇ。 そう言ってはにかむように微笑う益田に鳥口が何か言葉を掛けようとした瞬間、 遠くの方から電車の警笛が響いた。 「あ、電車だ。僕もう行かなくちゃ。 今日は夕方からご依頼人さまがいらっしゃるから。チョコレートとラムネご馳走様。 鳥口くんのお陰で今日は本当に楽しかったよ、どうも有り難う」 じゃあ僕、行くね。 そう言って改札に向けて走り出した益田の痩せた背中に、鳥口は叫ぶ。 「益田くん!次に会うまでに調べておくから!ラムネのビー玉はどうやって 瓶の中に入れるのか、ちゃんと調べておくから!だからまた弾いて! あの、君が僕みたいだって言ってた元気な曲、また弾いて!」 駅員に切符を切って貰い、改札を抜けた益田が、中から振り返って叫ぶ。 「鳥口くーん!あの曲の名前はねぇ、“チョピン”の“子犬のワルツ”だよー!!」 絶対弾くよ!!約束するから!! そう言って今度こそ電車に飛び乗った益田に向けて、 鳥口はまるで今生の別れのように大きく手を振って見せた。 その大袈裟な仕草に車内で苦笑しつつも、益田も小さく手を振り返す。 「また今度」と言える幸せを、自分達は互いに共有している。 その事が、その事実が、鳥口には堪らなく嬉しかった。 不完全で不格好なのに、光を受けて光を放つ。 そんなガラス玉みたいな君に―――僕は今日、恋をしたのだ。 (了) PR |
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