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薔薇十字団に愛を注ぎ込むブログです。
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★心の友・長尾さんに捧げる亀益短文です。亀益は片想いLOVEが理想です^^;
亀益のテーマソングはこの曲です。少しでもお楽しみ頂ければ幸いです・・・!!






僕の事なんか一つも知らないくせに
僕の事なんか明日は忘れるくせに


【ロストモラトリアム】


鉛のように重い脚をひたすら交互に動かして、
自分の暮らすアパートに続く緩やかな坂道を僕はのろのろと上った。
もういい加減、夜に分類されても良い時間帯だと云うのに、夏の太陽は
未練がましく僕の背中にじりじりと光を注ぐ。

大した事件もない日は定刻で上がれるのが公僕の有り難いところだが、
夏の日差しは只でさえ爪の先からじわじわと僕の体力を奪って行った。

「疲れた…」

口に出すと余計に疲れるので、普段ならこの手の言葉は極力使わないように
しているのだが、その事に気が回らないほどに今日の僕は疲れていたのだ。

「痛ってぇ…」

この言葉も口に出すと余計に痛みが増す気がするのだが、
前述した通りの理由で以下同文だ。僕は後頭部をさすり上げて溜め息を吐く。
ずきずきと痛むのは、同じ課に所属する崎坂というベテラン刑事に殴られたせいだ。
今回の件に関して言えば、別に何も僕に非があった訳ではない。
ただ、どうやら聞き込みの際に同僚がヘマをやらかしたらしく、
その飛ばっちりで僕はそいつと一緒に殴られたのだ。

「連帯責任て何だよ…警察は軍隊じゃないっつーの」

しかもこちらの言い分を述べようとしたら“言い訳無用、男なら潔くしろ”と
怒鳴られた挙げ句、僕だけもう一発多く鉄拳を食らう羽目に陥ったのだ。

「言い訳じゃないよ、正当な言い分だよ…」

元から血の気の多い刑事ではあったが、最近はそれに拍車が掛かっている気がする。
理由は単純明快で、去年の春に僕の先輩にあたる若い刑事が突然辞めてしまってから、
ずっと人員が足りないのだ。自ずと上の肩に掛かる負担は大きくなり、元より短かった
鬼刑事の導火線は更に短くなったと云う訳だ。何という分かり易さ。

「…つまりは僕のせいじゃないじゃん」

ハァ、ともう一度溜め息。
「溜め息を吐くと幸せが逃げちゃうよ」と僕に教えてくれた人は
今頃何をして過ごしているだろう。

「でも、今日の溜め息はアンタのせいですからね…益田先輩」

そうして僕は、脳裏にへらりとした笑みを浮かべる、今回の溜め息の元凶となった
彼の顔を思い浮かべたのだった。





「どうしたのよ亀ちゃん、暗い顔して」
「先輩…聞いて下さいよ、ザキさんてば酷いんですよ」
「まぁまぁ、しょげてないでこっちにおいで。溜め息吐くと幸せが逃げちゃうよ」

休憩室の座敷でお茶を飲んでいた先輩の横に、僕はずるずると
這うような格好で近付いた。ここには僕と先輩しか居ないし、誰の目を憚る事もない。

「ほら、どうしたの。益田先輩が特別に悩める君の話を聞いてあげよう」

彼は僕の分のお茶を湯呑みに注ぎながら冗談めかしてそう言うが、実際この先輩が
僕に対して先輩風を吹かしたり上から目線で威張るような事は一度もなかった。

階級がものを言う縦社会の警察組織において、そう云う意味で益田先輩は
少し変わっていたと思う。単に僕と年も近いし威張る事が嫌いな性格だったと云う事も
あるかも知れないけれど、それを僕は自分が少なからず彼に可愛がって貰えているのだと
良い方に考える事にしていた。

「ザキさんにね、今回の事件はもっと別の視点から
捜査するべきなんじゃないですかって言ったんですよ。
そしたらあの人、急に怒り出して“若造が上の指示に刃向かうんじゃねぇ!”
なんて言って、皆の見てる前でガツンですよ。別に僕は刃向かった訳じゃなくて、
あくまで提案しただけなのに。悪さをした子供じゃあるまいし、
拳骨なんか落とされる筋合いは無いでしょう」

愚痴る僕に、先輩はけらけら笑いながらお茶を一口飲む。

「あはは、そりゃ災難だったねぇ。今日はたまたま虫の居所が悪かったんじゃないの?」
「あの人に機嫌の良い時なんて無いじゃないですか。軍隊じゃあるまいし、
鉄拳制裁だなんて今時流行りませんよ。山下さんは例の如くご都合主義だし。
ああいう頭の堅い偏った人達が上に居るから、組織ってのは
何時まで経っても改革されないんですよ」
「お、なかなか言うねぇ。今の言葉、ザキさんにそのまま言えたら500円あげるよ」
「勘弁して下さいよ、殺されちゃいますって。でも、あんまり腹の虫が治まらないから、
そこに居る全員の前でザキさんが水虫だって事、いっそ言い触らしてやろうかと思いましたよ」
「あはは!それはもう皆が知ってるから大丈夫」

ねぇねぇ、そんな事よりカリントウ食べない?美味しいよ。
のんびりした口調で口元に差し出されたそれを、僕は先輩の手から直接食べた。
餌付けされているような気分だが、悪い気はしない。

「美味しい?」
「…はぁ、まぁ」
「疲れた時は甘い物が一番だよ。亀ちゃんは出来る子だから
上も期待してるんだって。厳しくされてる内が華だよ」
「…僕は褒められて伸びるタイプなんですけど」

僕はカリントウを咀嚼しながら、きょろきょろと周囲を見渡した。
こちらに誰も来ない事を確認すると、彼にだけ聞こえる声でそっと

「…ねぇ先輩、充電させて」

そう、ぽつりと呟いた。
僕のその言葉にクスクス笑いながらも、先輩は

「亀ちゃんは甘えん坊だねぇ。いいよ、おいで」

そう言うと自らの膝をぽんぽんと叩き、僕を導いた。




「あーぁ。あの2人、今度の人事で移動になれば良いのに…」
「こら。そういう事は思ってても口に出すもんじゃないの。誰が聞いてるか分からないでしょ」
「だって…僕、あの人達の下でやってく自信ないですよ」

只今の僕、絶賛膝枕中。
細くて棒みたいな先輩の脚はお世辞にも柔らかいとは言い難かったけれど、
布越しに触れ合う体温は温かく、僕にとってこの空間は妙に心地良かった。
先輩は僕の殴られた後頭部を子供を慰めるように撫でると、苦笑混じりに

「…まぁ僕なんか亀ちゃんが来るまで、あの2人に更に頭でっかちの
石井さんをプラスした、計4人でやってたからねぇ」
「げ。それ最悪じゃないですか。絶対入りたくないっすよ、そんなカルテット」
「でしょ?もう最悪なんてもんじゃないよ。我ながら良くやってたと思うもの。
それに比べたら今の亀ちゃんなんて天国だよ。天国」

何だかんだ言って僕と同じように悪態を吐く先輩にニヤリとしつつ、
僕は先輩の腹の方に顔が向くように寝返りを打った。

「亀ちゃんは賢いし鋭いからさ、組織の嫌な所とか上層部のご都合主義とか
狡い仕組みとかが色々と見えちゃって、他の人よりしんどくなっちゃうのかも知れないね。
僕みたいに馬鹿で鈍感なら、もっと楽になれたろうに」
「何言ってんすか…」

…この人は、こんな事を言ってはいるが、決して馬鹿でも鈍感でもない事を僕は知っている。
彼は本当はとても聡明で繊細で鋭敏な人だ。優しくて努力家で、そしてとても傷付きやすい。
しかしそんな自分の姿を他人に見せまいと、最大限に努力して鈍い振りをしているだけだ。
本当は、もっと―――

「そんな事言わないで下さいよ。僕は刑事として益田先輩を目標にしてるのに」
「ふふ、有り難う。そう言ってくれるのは亀ちゃんだけだよ。亀ちゃんは優しいねぇ」
「そんな事ないですってば」

…優しいのは、いつだってアンタの方でしょうに。

「まぁ、僕もあの2人には言いたい事はいっぱいあるけどさ。でも上には上の辛さとか
苦労もあるだろうし、偉い人には偉くなっただけの理由もある訳だしさ。
どれも持たない僕ら下っ端がいくら正論を言った所で、それは単なる若造の
理想論でしかない訳さ。聞く耳持って貰う為には、それなりに実績を上げないとね。
でないと只の負け犬の遠吠えになっちゃうよ」
「…」

柔らかな口調で的確に真理を説かれ、僕は口を閉ざした。
僕が立てた幼稚な角を、先輩の優しい指がそっと折った。

黙り込んでしまった僕の顔を見つめ、先輩は慰めるように言葉を繋ぐ。

「まぁ、人間どんなに頑張ったって自分の歩幅以上は進めないし、
手は二つしか生えてないんだから色々抱え込むにも限界があるしさ。
背伸びしたってたかが知れてるし。僕には僕の、亀ちゃんには亀ちゃんの
ペースってものがあるんだから、焦る必要もないよ。ゆっくりやろう。ね?」
「先輩…」
「僕は君が頑張り屋だって事、ちゃあんと知ってるよ」

よしよしと頭を撫でられて本格的に子供扱いだが、胸の奥からじんわりと
温かいものが広がり、この優しい手が永久に僕のものであれば良いのにと、
一瞬だけそんな馬鹿な事を考えもした。


「…さて、そろそろ戻ろうか。ぐずぐずしてるとザキさんの雷、第2弾が落ちるかもよ」
「えぇー?早過ぎますよ。まだ20分も経ってないじゃないすか。
…じゃあ、せめて後1分だけ。ねぇ先輩、お願い」
「もう…しょうがない子だねぇ。じゃあ本当に後1分だけだからね」
「やった!」


僕達はこの部屋で、時々こうして2人だけで色々な話をした。
大概は僕が上司の愚痴や仕事での弱音を吐く場所になっていたけれど、
時折は先輩がぽつりぽつりと自分の話をしてくれる事もあった。

昔、ピアノを習っていた事。
子供の頃は両親を「パパ」「ママ」と呼んでいた事。
大きな犬が苦手な事。
本当は「竜一」になる予定だったのに、字画が悪いと云う理由から「龍一」になった事。
辛い食べ物が苦手な事。
夏の日の夕立ちは嫌いじゃない事。
季節では秋が一番好きだと云う事。
普段は右利きだけど、本当は左手でも字が書ける事。

一つ一つは些末で取りとめのない話ばかりだったけれど、
それらのエピソードを知っているのは自分だけだと云う優越感が僕を満たしていた。


「ほら。そろそろ行くよ」
「はぁい」
「あ、待って!いたたた、足痺れちゃった…」

ずっとこんな日常が続くと思っていた。
だから、あの青天の霹靂に僕は打ち砕かれるしかなかったのだ。


『亀ちゃん、ごめん。僕はもう…』
『色々な事に気付いちゃったんだ。気付いた以上は、もう此処には居られない』
『君は僕なんかより、ずっと良い刑事になれるよ』
『今まで色々と有り難う。さようなら、亀ちゃん』


あの時、「待って」と言えば思い留まってくれたのか。
「どうして」と問えば答えてくれたのか。

「有り難うございました」と頭を下げる事よりも、
「今までお疲れ様でした」と手を差し伸べる事よりも、
言いたい事は、言うべき事は山程あった筈なのに。

(僕は、ずっと、先輩の事が―――)

何もかもを飲み込んで、最後の最後に物分かりの良い振りをして曖昧に微笑ってみせた。

それが―――僕と先輩の季節の終わり。



(2) へ


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