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薔薇十字団に愛を注ぎ込むブログです。
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★亀ちゃんはしっかり者だけど、気を許した人間(年上)の前では
甘えん坊だと良いです。あと、現在の益田のダーリンは榎木津さんだと良いです^^





「あら亀井くん、お帰りなさい。貴方にお電話よ」

アパートの鉄臭い階段を上り始めた所で、僕は後ろから大家のおばちゃんに
声を掛けられた。電話はおばちゃんの住む下の角部屋にしか無いから、
そちらに向かわねばならない。もしかしたら相手は警察からで、新たな手掛かりが
見つかったから、もう一度署に戻って来いと云う連絡かも知れない。嫌な想像をして
僕は溜め息を吐くが、そんな憂鬱もおばちゃんの次の一言で霧散してしまった。


「東京の、マスダさんて方。良かったわ、タイミング良く帰って来てくれて」




「も、もしもし…?」
「あ、亀ちゃん!久しぶり~」

僕が信じられない気持ちで受話器を上げると、向こう側から聞き慣れた、
そして少し懐かしい声が呑気に僕の名を呼んだ。

「大磯ぶりだねぇ。どう?元気?」
「はぁ、まぁ…」

突然の事にどう対応したら良いか分からない僕を置き去りにして、先輩は機嫌良く続ける。

「亀ちゃんのアパートの番号、手帳に控えてあったからさぁ、
そろそろ帰って来る頃かと思って。そしたら丁度帰って来たって
大家さんが教えてくれてさ。僕の刑事としての勘も、まだまだ衰えてないでしょう」
「はぁ、まぁ…」
「どうしたの?亀ちゃん、元気ないの?」

どうしたの、はこっちの台詞だ。
先輩の方から僕に電話なんて、何か退っ引きならない事でもあったんだろうか。

「あの…益田先輩、そっちで何かあったんですか?」
「え?なんで?」
「いや…先輩から電話なんて珍しいなと思って…」

珍しいどころか初めてだ。
しかし、僕の戸惑いなど意に介さぬ先輩は、相変わらず呑気な口調で

「何でよ。用が無きゃ掛けちゃいけないなんて薄情だなぁ。
ちょっと亀ちゃんの声が聞きたかっただけなのに」
「はぁ…それはどうも」

先輩と話すのは去年の大磯の事件以来だが、あの時は場合が場合だったし
周りに人が大勢いた事もあって、ほとんど話らしい話は出来なかった。だから僕の中では
更に前の、先輩が退職した桜の季節に時計の針が戻ったような感慨があった。

「すいません、なんだか急な電話でびっくりしちゃって。変わり事が無ければ良いんです」
「そっか。うんうん、こっちも元気だよ。相変わらず榎木津さんには毎日振り回されてるけど」

先輩の口から“榎木津”と云う名前を耳にした途端、僕の胸はちくりと痛んだ。

忘れもしない箱根の事件。そこで僕達は、あの奇矯な探偵に出会った。
人形みたいな綺麗な顔立ちの、言葉も常識もまるで通じない男。
僕達の尺度では計る事の出来ない、どこか別の次元から世界を視ている男。

僕や、その他大勢の警察関係者からは「厄介な変わり者」で片付けられた彼だったが、
こと益田先輩においては人生が180度変わる程の、まさに「運命の出逢い」だったらしい。

事実、その事件が終わった数週間後には先輩は上に辞職願いを提出し、
後輩の僕に仕事を幾つか引き継ぎした後、有給消化を利用して荷物を纏め、
実にあっさりと上京してしまった。

その余りの早業に僕は寂しいと感じる暇もなく、もう先輩の膝で弱音を吐く事も
出来ないのだと漸く身に沁みて実感したのは、実は去年の今頃だったのだ。
だから僕は正直、榎木津礼二郎と云う男にあまり良い印象を持っていなかった。
正直、あの男さえ現れなければ先輩は警察を辞める事もなかったのだから。

“益田先輩を僕から奪い取った男”

それが僕の、あの男に貼った偽りのないレッテルだった。
…別に、先輩は僕のものと云う訳ではないけれど。

そんな僕の複雑な胸中など知る由もない先輩は、どこかふわふわした口調で

「ねぇねぇ、そっちは今、周りは静か?」
「え?あ、はい。静かですけど…」

てか先輩、さっきから脈絡ないにも程がありますって。何なんすか一体。

…以前なら自然と口を衝いて出た筈の、軽い言葉が出て来ない。本当は懐かしくて
嬉しくて堪らないのに、どこか堅苦しくぎこちない声で返してしまう自分がもどかしい。
離れていた時間は一年とちょっとの短い期間の筈なのに、その隙間がなかなか埋まらない。

否、僕が一方的に埋められないのだ。
なのに先輩の方は、まるで2日ぶりに話すような気軽さで

「じゃあ、亀ちゃんにもこの音、聞こえるかなぁ」

楽しそうにそう言うと自らも口を噤んで見せた。
瞬間、微かに遠くの方からドン、ドン、と太鼓を叩くような音が鳴り響く。

「これ、何の音か分かる?」
「さぁ…」
「正解はねぇ、」

花火だよ、花火。と言う益田先輩の声に被るように、
また一つ遠くの方からドン、と云う低い音が鳴り響いた。

「今日はねぇ、こっちで花火大会があるんだ。そしたら急に亀ちゃんが懐かしくなっちゃって
電話してみたって訳さ。神奈川で花火大会がある時は僕ら、必ず警備に駆り出されてて
見れなかったじゃない。迷子の世話したり喧嘩の仲裁してみたりしてさ。
いっつも花火に背中向けて、肩越しに音だけ聞いて。たまにチラッとでも花火の方見ると、
すかさずザキさんが飛んで来て怒られてさ。だからこっちに来て“観ても良い花火”の音
聞いたら何か急に当時の事思い出して、亀ちゃんの声が聞きたくなっちゃってさ」
「…そうだったんですか」

確かに夏祭りや花火大会など、大勢の人間が押し寄せる行事が執り行われる際は、
多数の警察官が警備に駆り出される。僕と益田先輩も例に漏れず毎年ペアを組んで
担当エリアに配置されていたから、僕はいつだって肩越しに花火の音を聞きながら、
赤や緑の光に照らされる先輩の横顔を目線だけを動かしてチラチラと眺めていたのだ。

時々目と目が合うのが、何よりも嬉しくて。
群衆の喧騒に紛れて、小さな声で囁き合って会話をするのが、嬉しくて楽しくて。


『花火、観たいねぇ』
『…はい』
『いつかさぁ、2人で観に行こうか。花火』
『え?』
『揃って非番になる可能性は限りなくゼロに近いけどさ。
でも絶対見れないって思うよりは“いつかきっと”って思ってる方が楽しいじゃない?』
『…そうですね』
『いつか行こうねぇ、亀ちゃん』
『…はい。その時は是非』


―――あの日の約束を僕は、今でも胸の中の引き出しにしまって大切に大切に持っている。




僕は少しずつ心が浮き立つのを感じた。
今日はもう仕事は終わりだ。今はまだ外が明るいから、きっと電話から聞こえたのは
花火大会を知らせる為の空砲だろう。僕の街から彼の住む場所までは電車で2時間弱。
今から飛び乗れば、最後の方くらいには間に合う筈だ。

(先輩も覚えててくれたんだ、あの約束…!)

胸の奥で幸福の粒が弾けるような喜びに包まれながら、僕は嬉しくて頬が緩んだ。

「せ、先輩、有り難うございます」
「え?何が?」
「ずっと…覚えていてくれたんですね」
「やだなぁ、忘れる訳ないじゃない。そんな改まってお礼なんて言わないでよ、水臭いなぁ」
「はい、でも…」

でも、とても嬉しかったから。先輩の中で僕と花火がイコールであった事と、
あの日の小さな約束を覚えていてくれた事がとてもとても嬉しかったから。

「先輩、僕もずっと覚えてました。片時も忘れた事なんて無かったですよ」
「え、本当?!あらら、亀ちゃんてば随分と情熱的だねぇ」
「だって、それは…」

ああ、本当なら一刻も早く出掛ける支度をして部屋を飛び出すべきなのに、
もう少しだけ耳元でこの優しい声を聞いていたい。
いっそ電話が通話のまま持ち運べたらどんなに便利で良いだろう。

「あの、先輩!僕、今すぐ着替えますから!」
「へ?着替え?何よ亀ちゃん、もしかして急いでんの?」
「そりゃもう当然じゃないですか!でも大丈夫です!今から本気で走れば
間に合いますから!現役刑事の脚力は伊達じゃないですよ!」
「それは…ごめん、タイミング悪い時に掛けちゃったんだね」
「嫌だなぁ、何言ってんすか!」

むしろ何という素敵なタイミング。これは神様に感謝しなければ。
そうとなったらいつまでもこんな汗みずくのシャツなど身に纏っていられない。

「あの!本当に今すぐ着替えて速攻で出ますから!」
「あっ!あの、亀ちゃん!」



『いつまでもグズグズと何をしてるんだ!このバカオロカ!』



突然、耳元で響いた罵声に驚いた僕は、思わず受話器を落としそうになった。

『下僕の分際で神を待たせるとはどういう了見だ!さっさとしないと置いて行くぞ!』
「え、ちょ、榎木津さんッ!待って下さいよう!」

罵声の後にはオロオロした先輩の声。罵声の主は恐らく、あの奇矯な探偵その人だろう。
益田先輩は弱ったような声のまま、受話器片手に固まっている僕に弁解するように、
尚且つ榎木津探偵には聞こえぬように小さく囁く。

「…ごめんね亀ちゃん、僕もう行かなくちゃ」
「え?」

行くって、一体どこへ?

「もう、さっきまで服が決まらないとか靴が決まらないとか言って
人を散々待たせてたのは榎木津さんの方なのにさ、自分が用意出来た途端
さっさと出掛けようとするんだから。もう、やんなっちゃう」

口ではそう言いつつも、どこか嬉しそうな様子の先輩に僕は恐る恐る問い掛ける。

「あの…益田先輩、これからどこか行くんですか…?」
「えー?うん。榎木津さんとねぇ、一緒に花火観に行くんだ」


――― は?


実にあっけらかんとした先輩の言葉に、僕はとても間抜けな声を出してしまった。
どうして?だって先輩は、僕と。僕を。僕に。

「榎木津さんてば、夕方まで寝てた癖に急に起き出して“今日は花火大会だ!
今から行くぞ!お前もお供しなさい!”なんて言い出すんだもの。でも楽しみだなぁ、
ちゃんと正面から花火観るのなんて何年ぶりだろう。警察官時代じゃ出来なかったもんねぇ」
「あの…先輩…?」
「ごめんね亀ちゃん、忙しい時に電話しちゃって。榎木津さんが僕と2人で
出掛ける事なんて滅多に無いからさぁ、なんか柄にもなくはしゃいじゃったみたい。
でも、さっきの亀ちゃんの言葉、照れくさいけど嬉しかったな。
僕も亀ちゃんの事、忘れてないから安心してよね。今度またお互いに
時間のある時にさ、一緒にご飯でも食べようね」
「せんぱい、」


『いつまで待たせるつもりだ!3つ数える内に来なかったら
お前はもう連れて行かないからな!お前なんか留守番だ!
マスヤマはお留守番!!いーち!』
「わぁ!榎木津さん、そりゃないですよぅ!」

じゃあね亀ちゃん!どこ行くのか知らないけど、亀ちゃんも気を付けて!
また電話するからね!じゃあ、さよなら!

早口で一方的に捲くし立てられた電話は、無情にもガチャンと云う音と共に
切られてしまった。急転直下の展開に茫然とした僕は、壁に背中を付けたまま
ズルズルと床にへたり込む。

「…どういう事だよ、一体…」


花火、いつか一緒に観ようねって言ったじゃないか。
アンタが僕に、そう言ったんじゃないか。
だから僕は、てっきりアンタがそれを覚えていて。
僕を誘ってくれたんだとばっかり、


「思ってたのに…」


『人生は、ぬか喜びと失望の繰り返し』


誰かの言葉だったか、映画や小説の文句だったか、今はもう思い出せないけれど。
今の僕の気分はまさにそんなもので、勝手に期待して勝手にがっかりしている
現在の自分こそが、榎木津探偵の言うところの“馬鹿愚か”である事など明々白々だった。

「“榎木津さんと花火”かぁ…嬉しそうにしちゃってさ…」

きっとあれだ、これは先輩的には“幸せのお裾分け”と云うやつだったに違いない。
自分から惚れ込んで、警察を辞めてまで飛び込んだ相手だもの。
その人と一緒に観る花火なんて、先輩からしたら、きっと格別な意味を持つんだろう。

―――思わず、誰かに電話で教えたくなる位に。

「何だかなぁ…」

例えば、ピアノが弾ける事とか。
一人っ子である事とか。
実は左利きである事とか。
明るく振る舞っていても本当は繊細で傷付きやすい事とか。
痩せて骨張ってはいても温かい膝の感触であるとか。

僕が後生大事に取っている、これ以上増えようのない先輩の情報など、
あの探偵はとっくに認識済みなのだろう。

「今まで」の先輩を知っている僕と、「これから」の先輩を知って行く探偵と。
…僕に勝ち目なんて、最初からある訳ないじゃないか。

「…はは。何期待してるんだろう。馬っ鹿みたい」
「ニャアーン」
「…え?」

見ればドアの所に、大家のおばちゃんが可愛がっているブチ猫の姿があった。
部屋に入ろうとするも、僕の姿を見つけて躊躇っているらしい。

「ごめんよ、上がっておいで」

おいでおいでと手招きするも、猫はぷいと身を翻してどこかに行ってしまった。
中途半端に持ち上げた手をぱたりと下ろし、僕は大きな溜め息を一つ。
これ以上は幸せの逃げようが無い気がしたので、更にもう一つ溜め息。

僕宛てに掛かってくる電話は全て警察関係者だと思っているおばちゃんは
気を利かせて席を外してくれているが、いつまでも家主不在の家で
座り込んでいる訳にも行くまい。早く外に出て、植木に水でもやっているであろう
おばちゃんに電話のお礼を言わなくては。嗚呼、でも―――。


『しょうがないなぁ。あと1分だけだからね、亀ちゃん』
「益田先輩…」


瞬間、僕の頭に“失恋”という2文字が浮かんだのだが、僕達の関係は
まだ始まってすらいないどころか、この気持ちが恋だったと僕自身が今漸く
気付いたような有り様だったので、そもそもこの言葉が当てはまるかどうかすら怪しかった。

「帰ろう…」

今夜はもう、風呂に入ったら酒でも飲んで、さっさと寝てしまおう。
せめて夢だけでも底抜けに明るいものが見たいと思ったけれど、
きっと出てくるのは赤や緑の光に照らされた先輩の横顔だろうと思うと
無性に泣けて来て、僕は再び大きな溜め息を吐いた。





(了)
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益田は正義だと信じてやみません。若者とオッサンを幸せにする為に奮闘する日々。
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