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薔薇十字団に愛を注ぎ込むブログです。
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第4話です。
ラストに向けてどんどん陰鬱に。







「ウギャアァッ!!」

男は絶叫しながら僕を引き剥がそうとした。それでも僕は顎の力を緩めなかった。
歯を立てた“それ”は、噛み切れない肉のようなゴムの塊のような弾力で、
僕は体中の全ての力を歯に込めてギリギリと噛み締めた。

男は無茶苦茶な力で僕の頭を叩いたり、髪の毛を鷲掴みにして来たけれど、
不思議と痛みは感じなかった。僕は野良犬みたいに四つん這いのまま、
男の股間にかじり付いて離れなかった。

暫く僕と男は揉み合っていたけれど、何度目かの拳で僕の身体が
机のある方向へ吹っ飛んだ。 机に頭を打ってクラクラしながら男の方を見ると、
男は股間を両手で抑えて呻いていた。

床には大量の血が水溜まりのように広がっていて、その鮮明な紅い色を見て僕は
再び恐ろしくなった。男はゼェゼェと肩で息をしながらギラギラした目で
僕に手を伸ばそうとして来た。外国語で呪いのような言葉を叫びながら・・・

「うわぁぁぁっ!!」

僕は立ち上がると無我夢中で転がるように倉庫から逃げ出した。





それから僕は、どこをどうやって走って来たのか分からないまま、
気付いたら自分の家の玄関の前に立っていた。
玄関を開けるとママが立っていて、僕を見るなり驚いた顔をした。

「どうしたの龍ちゃん?!そのお顔!!」
「ママ…」

僕はママの声を聞いた途端、玄関にへたり込み、そのまま吐いた。
胃がせり上がってくるような気持ち悪さに耐えられなくて、僕は胃の中の物を吐き出し続けた。
ママが慌てて僕の背中をさすってくれて、奥から驚いた顔のパパが飛び出して来た。

「龍、どうした?!大丈夫か?!」
「龍ちゃん、具合が悪かったのね。可哀想に…」

胃の中の物が無くなっても吐き気が治まらなくて、酸っぱい胃液を吐きながら僕は泣いた。

「パパね、予想以上にお仕事が長引いてしまったんですって。
急いで迎えに行ったらしいけど、きっとすれ違いになっちゃったのね。
お教室の近所の方が、ついさっき男の子が家の前を走って
行きましたよって教えて下さったんですって」

嗚呼、あと少し、あとほんの少し待っていたなら、僕は…。

でも、もう遅い。時間を巻き戻す事は出来ないのだからーーー。

それから僕は高い熱を出して3日間寝込んだ。
とは言っても、目を瞑れば誰かに追いかけられる夢を見て、その度に汗びっしょりで
飛び起きてはゲーゲー吐いた。帰って来た時、僕の顔や服に血が付いていた事に関しては
「転んで鼻血が出た」と言い張った。あの時の事は、口に出す事すらおぞましかった。

思い出したくなかった。あのおじさんは、あれからどうなったんだろう。あんなに血が
出ていたんだから、もしかしたら死んでしまったかも知れない。そしたら僕は殺人犯だ。
僕はお巡りさんに捕まって、牢屋に入れられてしまうかも知れない。
それを考えると恐ろしくて、怯えた僕はますます悪夢に魘された。

でも、何日経っても港の倉庫で外国人が殺されたニュースも新聞に載らなかったし、
お巡りさんも僕の家に訪ねては来なかった。



僕の身体に変化が起き始めたのは、その頃だった。
まず、大した運動もしていない(ピアノを弾くのに指を怪我してはいけないと、
僕は木登りや鉄棒をママから禁止されていた)のに腕や足の関節が痛い日が多くなった。

それから、喉が風邪でもないのにガラガラして声が出にくくなった。

そしてある夜、僕は不思議な夢を見た。

なんだか温かいものに全身を包まれているような、体の芯が溶けるような、
頭の中がぼぅっとして、それがとても心地よいと感じる夢。
目覚めてもまだ僕は夢見心地で、身体を覆う違和感に気付いたのは暫く経ってからだった。

なんだか下半身が冷たい気がして、僕は恐る恐る布団を捲った。
小学生にもなって“おねしょ”なんて洒落にならない。でも、布団は濡れていなかった。
不思議に思って今度は下着の中に手を入れてみた。
そこで僕は、違和感の正体に気付いて驚いて飛び起きた。

ーーー下着の中は、白いものでねっとりと濡れていた。

「え…?」

僕は呆然としてしまう。自分の身体に起こった出来事が理解できない。
これは何?これは何?僕は変な病気なの?

「起きたか?龍。具合はどうだ?」

廊下からパパの声がして、僕は急いで上掛け布団をたくし上げた。
入るぞ、と一声掛けてパパが襖を開けた。
“あの日”以来、よく体調を崩す僕をパパとママは心配していた。

「お、おはよう、パパ」

大丈夫か?そう言ってパパは大きな手で、僕のおでこの熱を測ってくれた。
そこでパパは、なかなか布団から起き上がらない僕の違和感に気付いたみたいだった。

「どうした、龍。やっぱりどこか具合悪いのか?」
「ううん、平気だよ、パパ…」

そこで今まで訝しい顔をしていたパパが、急に思い付いた顔でニッと笑った。

「もしかして“やっちゃった”のか、龍?」

僕はドキリとした。やっぱり分かっちゃったのかな。どう説明したら良いんだろう。
でも、パパが言ったのはその事じゃなかった。

「おねしょなんて別に恥ずかしい事じゃないぞ。パパなんか12才の春まで…」

そう言って布団の中に手を入れたパパだったけれど、
すぐに「なんだ、濡れてないじゃないか」と不思議な顔をした。

僕は、もう隠し通せないと覚悟して、今朝の事を全部パパに話してしまった。
女であるママより、男同士のパパの方が恥ずかしくないと思った。
僕の話を聞いたパパは最初驚いた顔をしていたけれど、すぐに

「龍ももうそんな年か。早いもんだなぁ」

と感慨深げに言った。それから、それは男なら誰でもある事だと言った。

「それは病気でも恥ずかしい事でもないぞ。龍も大人の男の仲間入りをしたって事だ。」

ドクン。
ドクン。
ドクン。

大人。大人の男。僕は仲間になったらしい。大人の男に。
“あの男”も大人だった。あの男が僕の眼前に突きつけた“あれ”の先端から
滴っていたものは、今僕の下着を汚しているものと同じだった。

同じ。白い、ねっとりとしたーーー。

あの芋虫のような指が這い回る感触が、ナメクジのようなヌラヌラした舌の感触が、
酒臭い息が、皮膚に食い込む爪が、犬のような息遣いが、赤黒いゴムの玩具のすえた臭いが。
ぬめった先端が。僕の、僕の口の中に。そして広がる鉄の味が、奇妙な弾力がーーー。

男。
僕も。
同じ。
仲間。
あの男も。
大人だった。
なら、僕は…


ドクン。
ドクン。
ドクン、


「お前も大人の男の仲間入りだな、龍」


そんなの、そんなの、

「嫌だぁぁぁッ!!」

僕は頭を振り乱して絶叫した。
金切り声を出したつもりだったのに、喉を振り絞って出した声は
いつものボーイソプラノではなく低い“大人の声”で、僕は再び戦慄した。

「嫌だぁッ!嫌だッ!嫌ぁぁぁ!!」
「どうしたんだ龍?!彩子!ちょっと来てくれ!龍一が!!」
「龍ちゃんどうしたの?!あなた、龍ちゃんに何があったの?!」

髪を振り乱して暴れる僕を必死で押さえるパパと、泣きそうな顔で宥めるママ。
嵐のような時間が過ぎた頃、ママがぐったりした僕を抱きしめて、こう言った。



「龍ちゃん、ママと一緒に病院に行きましょう」



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