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薔薇十字団に愛を注ぎ込むブログです。
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★女の子益田は、ちょっと鈍ちんでおっちょこちょいだけど、男の益田よりは割りと
元気でアクティブなイメージで書いています(※イメージは一色さん宅の女体化益田)。













酒臭い息を吐きながら下卑た笑いと悪事の自慢話を繰り返している連中を
見下げ果てた目で見つめながら、私が現在考えている事は、この店から
如何にして抜け出すかと云う一点に尽きた。

証言は取れた。
写真も手に入れた。
これ以上ここに用は無い。

(…あとは、自然かつスムーズにここから抜け出さないとね)

男達が馬鹿笑いを繰り返している隙にそっと席を立つ。
このまま連中に気付かれないように出口まで移動できれば―――

「おい、どこに行くんだ?」

席から立ち上がった私を殿村が目聡く見つけ、背後から声を掛けられる。
私は内心ドキリとしながらも不自然にならないように言葉を繋いだ。

「え?あぁ、便所だよ、便所」
「ふぅん」

言った瞬間、しまったと思った。御手洗いと出口は場所が正反対だ。
手洗い場で適当に時間を潰して、隙を突いて店を出るか、もしくは―――。
しかし私の思考は、そこで一時中断した。

「キャアアッ!ちょっと!何すんのよッ!」
「気持ち悪ぃんだよこのオカマ野郎!」
「何ですってェ!?」

突然ガシャンッ!と何かが割れる音がして、店内の視線が全て店の中央に集まった。
人垣の間から背伸びをして騒ぎの原因を覗き込むと、そこには頭から酒を滴らせて
(恐らく誰かにぶっ掛けられたのだろう)顔には白粉を叩いて真っ赤な口紅を塗った
―――どう見ても中年の太った男が、江端に胸ぐらを掴まれてジタバタともがいていた。

「ちょっとォ!離しなさいよッ!痛いじゃない!」
「煩ぇんだよ!汚ぇ面晒しやがって!お前らみたいな連中は
 社会の屑だ!俺達が直々に粛正してやるよ!」
「そうだ!これは害虫退治だぜオカマ野郎!」
「何よッ!!もう一度言ってみなさいよッ!」

女の口調のまま野太い声を出した中年のオカマの男は、長い髪(恐らくは
カツラだろうけど)を振り乱して反撃を試みるが、何しろ形勢は多勢に無勢だ。
どうやら酒場の片隅でひっそりと酒を飲んでいる所を江端らに見つかって
標的にされたらしい。

強姦自慢をする人間の屑に社会の屑扱いされた哀れなオカマのその人は、
もみくちゃにされながらも太った身体を振り回して江端らに応戦しているが、
果たしてそれもいつまで保つものか―――。

ふと気付けば、私の周りには誰も居なくなっていた。殿村も江端に加勢して、
他の奴らは野次馬のように渦中の現場を取り囲んでは口々に勝手な事を
叫んで騒ぎを煽っている。 この喧騒の中で私の方を向いている人間は誰も居ない。
これはまさに神が与え賜うた千載一遇の大チャンスだ。

(逃げよう、今の内だ…!!)

私はオカマの人を人身御供にする決意を素早く固めると、一分の迷いもなく
出口に向かって走り出した。

(見捨ててごめんなさい、オカマの人。でも私、喧嘩とか出来ないし暴力とか嫌いだし。
オカマって言ったって元は男なんだから、自分の身くらい自分で守れるわよね。
貴方の犠牲は決して無駄にはしないから。囮になってくれて有り難う…ッ!!)

私は心の中でオカマの人に感謝の思いを述べながら、喧騒に紛れて
一目散に店の外へと飛び出した。





そんなこんなで私は現在、路地裏にへたり込んでいる。
慣れない靴で急激に走った為に靴擦れした足はズキズキと痛み、
急激に回ったアルコールとニコチンが私を消耗させたけれど、
それに見合うだけの収穫があったのだから良しとしなければならない…の、だが。

「ハァ…ハァ…奴らには、生まれて来た事を後悔するような、酷い天誅が下りますように…」

言葉は言霊だ。どんな事でも口を開いて声に出せば少なからず効力を持つのだと
以前、例の中野の座敷で中禅寺さんから聞いた事がある。だから私は、その言葉を
一字一句噛み締めるように口にして願いを込めた。

「後は明日、本島さんに電話して今日の結果を報告して…」

今後の予定を頭の中でつらつら考えながら、私は避けて通れない難問が
目の前に立ち塞がっている事に気付いた。

「さて、この足でどうやって帰ろう…」





意を決して革靴を脱いだ私は、その惨状に絶句してしまった。

「わぁ…見なきゃ良かった…」

履き慣れない硬い革靴でひた走ったお陰で踵とくるぶしは見事なまでに靴擦れし、
皮が捲れて血が滲んでいた。足の裏もマメが潰れて惨憺たる有り様だ。
そして目視で己の現状を確認した事によって両足の痛みが急激に倍増する。
ズキンズキンと脈動する痛みに顔をしかめながら、私はこの靴と足では
到底事務所まで歩いて帰れないと思った。

(どうしよ…タクシー拾おうかな。ああでも大通りまでが遠い…)

この靴ではもう、一歩たりとて歩きたくない。かと言って靴を脱ぎ捨てて
裸足で歩く勇気もない。地面に釘やガラス片が落ちているかも知れないし、
何より今はそんな事をして人目を引く訳にはいかなかった。

「絆創膏、持ってくれば良かったな…」

否、例えこの脚にそんな物を貼った所で、焼け石に水な事など分かりきっていたけれど。
もう無理だ、今のこの脚では一歩たりとて動けない。万が一、今ここで私が居ない事に
気付いた連中が追い掛けて来たとしても、走る事が出来ない私には奴らを巻いて
逃げ仰せる自信が無かった。そして捕まったが最後、連中に自分が女である事が
バレた日には―――。

不吉な予感に私は思わず身震いする。なんせ相手は女性を寄ってたかって強姦して、
それに罪悪感を感じる事もなく、寧ろそれを自慢話として吹聴するような連中なのだ。
見つかったら最後、確実に自分も早苗さんの二の舞になるだろう。そうなる前に早く、
一刻も早くこの場から離れなくては―――

痛む足と恐怖に挫けそうな己の心を叱咤激励して立ち上がろうとした次の瞬間、


「…見つけたぞ」


頭上から降ってきた男の声に、私は身体の芯から凍り付くほどの戦慄を覚えた。





「見つけたぞ。こんな所で何してる」
(嗚呼…ッ!どうしよう、お父さん、お母さん…ッ!!)

とっさに心の中で離れて暮らす両親に助けを求めた私は、恐怖のあまり
抱えた膝に顔を埋めてしまう。しかし相手はそんな私の状態になど頓着せず、
腰に手を当てて仁王立ちすると、

「ほら、何してる!神が直々に迎えに来てやったんだ。早く立ちなさいバカオロカ」

…そう言うと、自称“神さま”は私の頭をぱしっと軽く叩いた。


「え…榎木津さん…」
「なんだお前、まさか僕の事を忘れたなんて言うんじゃないだろうな」
「わ、忘れては、いませんけど…」

繁華街のネオンで顔が逆光になってはいるが、目の前に立っているのは紛れもなく
我らが探偵・榎木津礼二郎その人だった。

「あの、なんで…?」
「うん?」
「なんで、私がここに居るって分かったんですか?」
「お前ねぇ、」

本っっ当にお前はバカでオロカだな。
呆れるように呟いて、彼は私の首筋を指差した。

「お前、そんな変てこな格好をしてると、かえって目立ってしょうがないぞ。
通行人の頭の上に“視える”お前の姿を見つけた時、僕は呆れて物が言えなかった」
「はぁ…」

それでは彼は雑踏の中、ひたすら私と擦れ違った人達の記憶を頼りに
ここまで来たのだろうか。

「それに何だ、そんな変なスカーフなんか巻いて。ちっとも似合ってないじゃないか」
「だって…」

だって、そうでもしないと私。

「いくらお前が痩せぎすの貧乳で、女らしさの欠片も無かったとしてもだ、」
「ちょっと!」

余りにも酷いその言い草に私は反論せんと立ち上がり掛けるも、次の瞬間
襲いかかった激しい痛みに顔をしかめて再びへたり込んでしまった。

「痛ぁ…」
「なんだお前、怪我してるのか」
「はぁ、まぁ、ちょっと…」

本当はちょっとどころでは無かったけれど。私は涙目になりながら革靴越しに
爪先を押さえる。 そんな私の記憶を視た榎木津さんは、他人事のように
「あーぁ、痛そう」と呟くと、

「なぁバカオロカ、どっちが早く事務所に着くか、走って競争しようか」

そう言って意地悪くニヤリと笑って見せた。全く、冗談じゃない。
私はそれには返事をせずに体育座りのまま下を向いた。榎木津さんに頼んで
タクシーを手配して貰おうか。もしくは榎木津さん自身がここまで車で
来てくれていれば尚、結構な話だけれど。

「あの、すみません榎木津さん、」
「…ほら、さっさとしなさい」
「え?」

もごもごと口を開いた私に榎木津さんは溜め息を吐きつつ背を向けると、
そのまま地面にゆっくりとしゃがみ込んだ。


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益田は正義だと信じてやみません。若者とオッサンを幸せにする為に奮闘する日々。
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