忍者ブログ
薔薇十字団に愛を注ぎ込むブログです。
[475] [474] [473] [472] [471] [470] [469] [468] [467] [466] [465]
×

[PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。

★この段階ではまだ、女の子益田は榎木津さんに恋心は抱いてません。
この人、喋らなければ格好良いのにな~位の感覚。もどかしい^^;










「あ、あのう…」
「ほら、ぐずぐずしない。さっさとする」
「や、その…」

私に背を向けてしゃがんだまま、今度は後ろ手を差し伸べるような格好をした彼に、
私は一瞬訳が分からなくなる。

(え、これってまさか…)

「いつまで待たせるつもりだ馬鹿者!さっさとしないと置いてくぞ!」
「はっ、はいッ!」

痺れを切らせて大声を出した彼に私は慌てて立ち上がる。
私が恐る恐る相手の肩に手を掛けると迷わず太股を押さえ込まれ、
榎木津さんはそのままひょいと立ち上がった。

「落とされたくなかったら、しっかり掴まっていなさい」
「あ、はい…!」

私の予想通り、榎木津さんは私をおんぶすると、何事も無かったかのように
そのままスタスタと往来を歩き出した。



「あ、あのッ」
「なに」
「そこの、大通りまでで良いですから」
「なんで?」
「や、何でって言われても…」
「この時間じゃ、あんまり通ってないよ」
「うう…」

この場合の相手の主語は、間違いなくタクシーの事だろう。
私の提案をあっさり打ち砕いた榎木津さんは、更に「どうせ同じ場所に
帰るんだろうに」と尤もな追い討ちを掛け、私の身体を支える腕に力を込めると、
有無を言わさず歩き続けた。

「あの…重くないですか?」
「全然。お前、痩せ過ぎ。あちこち骨張ってて子供みたい」
「そう…ですか」

重いと言われても傷付くけれど、子供扱いされるのもまた切ない。
それ以上の会話を放棄した私は、相手に気付かれないようにこっそり溜め息を吐く。

(今、周りから私達、どんな風に見られてるんだろ…)

一見、酒席で酔い潰れた仲間を介抱しているように見えるこの光景
(事実、青木さんと鳥口くんペアがよくやっているし)。それも繁華街なら尚更、
特に人目を引くような光景ではないのだけれど―――。

(でも、歩いてるのが榎木津さんじゃなぁ…)

まるで外国の絵本から飛び出して来たような榎木津さんの整い過ぎた外見は、
普通にしていても十分に人目を引き過ぎた。客引きをする夜の世界の女の人達が、
こちらを指差しては何やらはしゃぎ囁き合っているのが視界の端に入る。
ついでに背中に背負い込まれた私にまで人々の好奇の視線が突き刺さり、
居たたまれなくなった私は堪らず酔い潰れたふりをして、榎木津さんの肩に
自らの顔を押し付けた。



「…おい」
「な、なんでしょう?」
「なんだ、起きてたのか。人を台車代わりにして呑気に寝こけてたら
 腹立たしいから、その時は腹いせに尻を引っぱたいてやろうと思ったのに」
「ちゃ、ちゃんと起きてますよう!止めて下さいよ、子供じゃないんだから」
「さて、どうだかなぁ」
「……」

大通りを離れて人影もまばらになった頃、ふいに話し掛けられた私はドキリとしてしまった。
しかも何やら不穏な事を言われ、実は背中越しの温もりと一定の穏やかな揺れに
ウトウトし掛かっていたなんて言える筈もなく、私は慌てて起きている事をアピールした。

(でも確かに、靴擦れ起こして歩けなくなった挙げ句、おんぶして運んでもらうなんて
大人のする事じゃないよなぁ…情けない)

私は現段階で自分が置かれている立場を自覚するや、相手に申し訳なくて
何と声を掛けて良いか分からなくなった。

「…なぁ、」
「はい…?」

背中で一人落ち込む私に、榎木津さんが静かに問い掛ける。

「お前、なんで言わなかった」
「え?」
「何で僕に何も言わず、こんな事をしたのかと聞いている」
「それは…」

榎木津さんの言う“こんな事”とは間違いなく男装して例の連中のアジトに
潜入した事だろう。 大丈夫ですよ、元刑事としてその辺はばっちり上手く
やりましたもん、そうやって私はいつも通りの軽口を返そうとしたけれど、
相手の口調がいつもより硬くピンと張り詰めているのを感じ取り、
私はそれ以上の良い言葉が思い浮かばす、もごもごと口籠もったまま下を向いた。
榎木津さんは私のそんな胸中を見透かしたように、棘のある口調のまま言葉を重ねる。

「こんな下手糞な変装で本当にバレないとでも思ったか。
 仮にもしバレたらどうするつもりだった?」
「…」

相手の冷静で淡々とした口調に、首尾は上々、連中も周囲も上手く騙せて
いた筈だったとは言えず、酒場で膨らんでいた私の根拠の無い自信は
急激にするすると萎んで行った。

「…バカでオロカなお前に一つ教えておいてやろう。悪い事する連中ってのは大抵、
 お前より頭が回る。大方、騙された振りをしてお前を油断させて、上手く逃げ仰せた
 つもりでお前が安心して隙を見せた所で、後ろから尾行してた連中に路地裏に
 引きずり込まれてたかも知れないんだぞ」
「・・・・・・」
「お前、そうなったらどうした?警察手帳も手錠も無ければ周りに味方も居ない。
 僕が来なかったらお前、あの場から動けなかったじゃないか」
「そ、れは」
「臆病で何かあればすぐメソメソ泣くお前が、追い掛けて来た暴漢共に勝てるのか?
 それともあの依頼人の姪っ子みたいに、輪姦されて首吊って自殺未遂して、
 それから思い直して父親の分からない子を産んで育てるのか。どうなんだ?」
「それは、私…」
「聞かれた事に答えなさいッ!どうなんだって聞いてるんだッ!」
「ッ!!」

相手の突然の激昂に私の身体はビクッと震えた。同時に、先程まで路地裏で
へたり込んでいた時の恐怖が再び込み上げて来て、自然と目頭が熱くなる。

「で、出来ません…っ、私、私は…っ」

そんな事になったら私、生きて行かれません。
そう言おうとした瞬間、涙が溢れて言葉にならなくなった。

「和寅からお前が妙な格好で出て行ったと聞かされて、まさかと思った。
 往来でお前の姿を視た時はここまで馬鹿だとは思わなかったぞ」
「えの、きづさん…」

榎木津さんの言う通りだ。私は自分のそれまでの軽率な行動が
急に恥ずかしくなって顔を伏せた。 一人で事件が解決出来るだなんて、
思い上がりも甚だしい。潜入捜査に成功したと得意になっていた先程までの私は、
周りから見ればただの馬鹿で世間知らずな小娘だ。彼が来てくれなかったら今頃、
自分はあの場所で一体どうなっていたか分からない。

手柄を立てて認めて貰いたいとか、さすが元刑事だと褒めて欲しいだとか、
迷惑を掛けたくないだなんて理由は傲慢で馬鹿げた詭弁に過ぎない。
自分の軽はずみな行動が取り返しの付かない結末になる所だったと
今頃になって気付くだなんて、言われるまでもなく自分は本当に馬鹿で愚かだ。

「…なぁマスヤマ、僕は今、もの凄ぉく怒ってるんだからな」
「榎、木津さん、わたし…っ」

この気持ちを何とか言葉にして彼に謝りたいのに、嗚咽が後から後から
溢れ出して私は子供のようにしゃくり上げながら、震える腕で相手の肩に
しがみ付くのが精一杯だった。

「さっきの話の続きだけどな、」
「…?」
「お前は確かに貧乳の痩せぎすで、色気なんて欠片も無いけど」

そう言った彼の息は白く曇って闇に溶ける。それから一言、子供に
言い聞かせるような口調で背中の私にこう告げた。

「―――それでも、お前は女の子だろうが」

「…ッ!うぅ…えのきづさん、ごめ、なさい、ごめんなさい、ごめんなさい…っ!!」
「うん。分かれば宜しい」

そう言うと彼は、私を支える手に力を込めた。

「足は帰ったら和寅に手当てして貰いなさい。あいつ、いつもはジジイみたいに
 早く寝る癖に、今夜はお前が帰って来るまで寝ないって頑張ってるんだ」
「はい…帰ったら私、和寅さんにも謝ります…」

私にもしもの事があったら、私を止めずに送り出した和寅さんは一番に
責任を感じるだろう。いつもはガミガミと口煩くて文句ばかり言うけれど、
でも本当は世話焼きで情に厚い彼の笑顔が脳裏に浮かんで私は
益々自分の中の驕りを恥じた。

それから私が刑事を辞めて探偵に転職したいと告げた時も反対せずに
見守ってくれた実家の両親と、何かあったらいつでも戻って来いと言いながら
送り出してくれた神奈川の仲間達、上京してから知り合った東京の皆、
その一人一人の顔が浮かんでは消え、私は喉を震わせて子供のように泣きじゃくった。

(私の身に何かあったら、依頼主の本島さんだって責任を感じる。
 私が同じ目に遭ったら、早苗さんはもっと傷付く。本当に私、何してるんだろ…)

「やっと分かったか、バカオロカ」
「はい…ッ」
「大立ち回りは僕の仕事だ。理屈を並べて相手を説教するのは本屋の仕事だ。
 悪者を捕まえるのは豆腐とコケシ君の仕事だ。これからお前は、自分の身の丈に
 合った事をしなさい。いいね、分かったら返事」
「はいっ…!」
「宜しい。…本当に世話の掛かる弟子だよ、お前は」
「はい…自分でもそう思います…」

自分で言ってちゃ世話ないなぁ、そう言って榎木津さんが笑うので私も釣られて
小さく笑ってしまったのだけれど、その時すかさず「言っとくが、僕の服に鼻水なんか
付けたら許さんぞ」と相手に釘を刺された私は、慌ててスーツの袖でゴシゴシと乱暴に
顔を拭った。涙を拭いて視界が明瞭になった時、漸く私は今夜が非の打ち所の無い
満月である事を、彼の肩越しに知るのだった。


(5)へ
 
PR

コメント


コメントフォーム
お名前
タイトル
文字色
メールアドレス
URL
コメント
パスワード
  Vodafone絵文字 i-mode絵文字 Ezweb絵文字


忍者ブログ [PR]
フリーエリア
カレンダー
06 2024/07 08
S M T W T F S
1 2 3 4 5 6
7 8 9 10 11 12 13
14 15 16 17 18 19 20
21 22 23 24 25 26 27
28 29 30 31
最新コメント
[07/10 はまの]
[07/01 はまの]
[06/28 はまの]
[05/31 はまの]
[05/30 はまの]
最新トラックバック
プロフィール
HN:
林檎
性別:
女性
職業:
妄想族。
趣味:
電車で読書。
自己紹介:
益田は正義だと信じてやみません。若者とオッサンを幸せにする為に奮闘する日々。
バーコード
ブログ内検索
P R
フリーエリア
カウンター
アクセス解析
フリーエリア