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薔薇十字団に愛を注ぎ込むブログです。
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★第2話。
もし、この2人が合法的に出逢っていたらと思うともう・・・!!









(なぁんだ、榎木津さんの親戚の子か。やっぱり雰囲気とか顔とか似てるもんな。
似てるどころかこの子、まるで榎木津さんそのものだ)

益田の雇用主でありこの探偵社の社主である榎木津探偵には、
総一郎と云う名の兄がいる。益田は直接会った事は無いが、
年格好や顔立ちから言ってこの少年はきっとその総一郎の子供に違いない。
だとしたら今日は父の弟であり叔父である榎木津を訪ねて
一人でこの神保町に来たと云う事か。

「和寅さんは買い物に出てるんだ。あのおじさんはどこに行ってるか知らないけど…」

いつもは裏で探偵を揶揄する為に使う「おじさん」の名称だが、この少年にとっては
正真正銘の「叔父さん」である訳だ。あの根無し草のような榎木津にも
人並みに親戚付き合いがあると云う事実が妙に新鮮で、
益田は思わずくすりと笑ってしまった。

「せっかく遊びに来てくれたのにごめんね。榎木津さんはいつ帰って来るか分からなくて」
「僕もエノキヅだぞ」
「ああ、そうだよね。えーと…」
「礼」
「え?」
「レ・イ!僕の名前だ!」
「へぇ、礼くんて言うの」
「そうだッ!良い名前だろう!」

礼と名乗った少年は、そのままどっかりと革張りのソファに座り込んだ。
なるほど、叔父と名前を一文字共有しているだけあって態度も仕草も
榎木津探偵にそっくりだった。

(これじゃ、まるで小さい榎木津さんだ)

「そんな事より僕は喉が渇いた!渇いたったら渇いた!何か飲みたい!
 このままじゃ渇き過ぎて死んでしまう!」
「えぇ?!」

細長い足をバタバタさせてそう叫ぶ少年に、益田は慌ててキッチンに向かう。
この少年がいつから事務所に居たのか知らないが、せっかく遊びに来たと云うのに
事務所の中には誰もおらず、益田が帰るまでの間はガランとした空間で一人、
ずっと大人の帰りを待っていたのだろう。
よほど喉が渇いているのだろう。お腹も空いているかも知れない。
取りあえず何かすぐに飲めるものをと思い、益田は冷蔵庫に手を掛ける。

「ごめんね、気が付かなくて。今、麦茶を入れてあげるから」
「ココア!」
「え?」
「ココアが飲みたい!あったかくて甘ぁいやつ!」
「あ…ココアね、分かりました…」

今すぐ飲める冷たい飲み物が良いだろうと麦茶を取り出した益田の配慮に反して、
少年が所望したのは温かいココアだった。益田はコーヒーや紅茶の瓶の並ぶ
戸棚を開けてココアの粉が入った缶を取り出すと、次いで小さめの鍋をコンロに掛ける。
因みにこのココアは榎木津の為に和寅が買い置いたものだが、甥っ子をもてなす為に
出したと言えば榎木津とて怒る事は無いだろう。

「お湯で淹れたやつは駄目だぞ!牛乳でコトコト、お砂糖いっぱいの甘ぁいやつだぞ!」
「…了解しました」

これではまるで普段の榎木津と和寅の会話だ。榎木津のミニチュアのような
少年の催促通り、益田は鍋に牛乳と砂糖とココアの粉を投入する。
3点の詳しい配合の割合は知らないが、相手は子供だ。
とりあえず甘ければ文句は言われまい。

「礼くん、クッキーか何か食べる?それとも…」
「うふふ。甘ぁい」
「あっ!こら!」

てっきりソファに座って大人しくしていると思っていた少年がいつの間にやら
自分の隣に忍び寄り、ココアの粉を手で無造作に掴んで口に放り込んだ。
スプーンを使ったならまだしも、手掴みで食べた為に少年の口の周りは元より、
着ている白いシャツや床にも茶色い粉が零れ落ちる。

「クッキーは居らない。口の中がもそもそするから嫌だ」
「あーあー、和寅さんに怒られるよ」
「あいつが僕を怒るもんか!あいつは僕の下僕だぞ!」
「いや、君じゃなくて僕がね…。まぁいいや、すぐ出来るから向こうでお利口にしてて…」
「お砂糖は入れたか?」
「うんうん、入れた入れた。いっぱい入れたから…お願い」
「分かった!」

台所をこれ以上汚されたら敵わない。益田は少年の肩に手をやると
回れ右させて再びソファのある部屋へと送り出した。

(甥っ子にまであの性格が遺伝するとは…流石は榎木津さんの血、恐るべし…)

コトコト沸騰する鍋をかき混ぜながら、益田は盛大な溜め息を吐いた。
クッキーよりもココアの粉を直接食べる方がよっぽど口の中が
もそもそするだろうにと思ったが、それは口には出さなかった。





「いただきまーす!」
「熱いから、火傷しないように気を付けてね」
「うん!」

マグカップに必死にふぅふぅと息を吹き掛けている少年の姿に、益田はつい
心の中で笑ってしまった。生意気で大人びた口を利いてはいても、
こういった姿はまだまだ無邪気で可愛らしい子供だ。

「どう?美味しい?」
「美味しい!」
「それは良かった」

慎重にココアを口に運ぶ少年に微笑ましい気持ちになりながら、
益田は兼ねてから気になっていた疑問を口にする。

「ねぇ、礼くん。今日は君一人で来たんだよね。
 お家の人には、ここに来る事をちゃんと言って来た?」
「言ってない。秘密」
「えぇ?!」

さらりと、しかし聞き捨てならない発言をした少年に、益田は思わず
自分の分のマグカップを手から落としそうになった。

「黙って来ちゃったの?!それはまずいよ!」
「なんで?」
「何でって…礼くんが急に居なくなったら、お家の人が心配するじゃない」
「しないよ。お腹が空いたら帰るもの」
「そういう問題じゃなくて…」
「それに今、兄さまと隠れんぼ中なの。ここなら絶対に見つからないもの」
「そりゃ、ここなら見つからないだろうけど…お兄さんとは外で隠れんぼしてたの?」
「ううん、屋敷のお庭だよ」
「本当?なら、益々帰らないと!」

どんなに広い庭とは言え、一緒に隠れんぼをして遊んでいた弟が
どこを探しても見つからなかったら、少年の兄とて驚いて大人達と共に探し回るだろう。
ましてや旧華族の大富豪である榎木津一族のご令息が居なくなったとなれば、
身の代金目的の誘拐だと思われて大騒ぎになるに違いない。
最初は和寅か榎木津が帰って来たら送って貰おうと考えていたが、
そんな悠長な事を言っている場合ではない。

「と、とにかく、お家の人に連絡しなきゃ。電話番号分かる?」
「電話?分かんない」
「だよねぇ…」

なら、自分が直接送り届けるしかないだろう。
益田は無邪気にココアに夢中になっている少年に再び問い掛ける。

「今日はここまでどうやって来たの?それ飲んだら送ってあげるよ」
「鏡」
「え?」
「兄様と隠れんぼの途中に庭の物置きに入ったら、中に大きな鏡があって、
 覗いたら吸い込まれた。で、気付いたらここだった」
「そんな訳…」

そんな夢みたいな話がある訳がない。今更ながら自分の仕出かした
事の重大さを理解した少年が、叱られる事を恐れて嘘を吐いているのだろうか。
もしくは大人を揶揄っているのか。

否、少年の堂々とした口調からはそんな空気は微塵も感じなかった。
しかし鵜呑みにするには余りに荒唐無稽過ぎる。
ならば白昼夢でも見ているのだろうか―――。


(3) へ



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電車で読書。
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益田は正義だと信じてやみません。若者とオッサンを幸せにする為に奮闘する日々。
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