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薔薇十字団に愛を注ぎ込むブログです。
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★最終話。
ここまでお付き合い下さった皆さま、本当に有り難うございました・・・!!







(そんな…まさかそんな非科学的な事…)

益田はそこでハッとした。記憶の蓋が開くように、突然ある事を思い出す。
それは先日、中禅寺宅を訪れた時の事。

『鏡とは時に、境界線的な役割を果たすものだよ』

あの本が天井まで山と積まれた座敷で、益田は確か中禅寺からそんな話を聞いた。
何の話がきっかけで中禅寺がそんな事を言い出したのかは覚えていないし、
きっと些細な世間話から発展したのだろうと思う。

何せあの家では鍋が焦げただとか靴下に穴が開いていたとか、そんな取るに足らない
話ですら最終的に妖怪の話に発展してしまうのだ。あの時もきっとそうだったのだろう。
恐らく益田自身もいつもの調子で「はぁ、流石は中禅寺さん。博識ですねぇ」と云うような
上辺の返事をしたように思う。

では、なぜ今になってそれを思い出したのか。
それはきっと『鏡』と云うキーワードがあったからに違いない。

中禅寺のした話は、以下のようなものだった。

『 鏡と云うのはね、古来から占いやまじないの道具として使われて来た物だ。
古い鏡には魔力が宿ると言われていて、この世とあの世、異世界や異空間と
繋がっていると本気で信じられていたのさ。

姿見に布が掛けられているのは、単に指紋や埃を付かなくさせる為ではなくて、
境界線の向こう側のものがこちらに迷い込んで来ないようにする為の防護幕の役目も
果たしていたんだ。

“夜中に合わせ鏡を覗くと幽霊が映る”と子供時代に聞かされた事はないかい?
そして子供のように心が澄んだ無垢な者は、そこに魅入られて“あちら側”に
取り込まれてしまうと言い伝えられて来たんだ。
子供が腹に宿ると“これは天からの授かりものだ”と言うだろう?子供は
天界と地上を結ぶ聖なる存在だと昔の人間は考えていたのさ。

だから深い山間の村なんかでは“子供に大鏡を覗かせてはいけない”とか
“三面鏡の前に座らせてはいけない”と言った迷信が未だに信じられている地域もある。
しかしそれを田舎の迷信だと言って笑ってばかりも居られないのだよ。

なんせ大きな鏡のある部屋で遊んでいた筈の子供が、一瞬で忽然と姿を消した、
・・・いわゆる“神隠し”だね。そんな話は歴史を紐解けば実は山のように出てくる。
鏡の間で消えた子供が遠く離れた別の村で見つかったとかね。それから七五三で
子供に晴れ着を着せて祝うのも、子供に忍び寄る邪気を追い払い、あの世からの
授かり者だった子供をこの世に定着させると云う意味合いがあるのだよ。

それを奇数の年に行うのは、奇数の年の子は魔に魅入られやすく、
神隠しに遭ったり病や事故で命を落としやすい。
つまり“あちら側へ連れ戻されやすい”と信じられているからで云々――― 』

それからも延々と中禅寺の講釈は続いたが、益田はそこから麗らかな
秋の日差しによってうとうとと居眠りをしてしまい、そこから先はどのように話が進み、
どんな結末を迎えたかは知る事が出来なかった。

『物置きの中に大きな鏡があって、それを覗いたら吸い込まれた』

『1929年 礼 11歳』

それではやっぱり、あの少年は―――。

「何だい、急に黙りこくって」
「あ、いえ…」

写真を見つめたまま沈黙してしまった自分を怪訝そうな顔で見つめる和寅に、
益田は思いきって尋ねてみた。

「あの、和寅さん。榎木津さんのお屋敷には大きな鏡がありませんか?」
「鏡?鏡なら洗面所やらそれぞれのお部屋にあるけど…」
「お庭の物置きに、古い大きな鏡があったりしません?
 子供の全身が映るような、大きなやつが」
「物置き?えぇと…あぁ、確かにあったね」
「本当ですか!」

和寅の言葉に益田は思わず身を乗り出すが、続いて返って来た言葉は意外なものだった。

「私がまだ小さい頃、確かにあったよ。礼二郎坊っちゃんに隠れ鬼の
 お相手をさせられて私が物置きに隠れた時に…そうそう、そこの本棚くらいの
 大きいやつがね。確か御前様が昔、誰かから譲り受けたんじゃなかったかなぁ。
 でも、何でそんな物が屋敷にあった事を君が知ってるんだね」
「あ、いやぁ…前に榎木津さんから聞いて…」
「先生に?」

とっさにお茶を濁した益田を大して気にする風でもなく、和寅は少し遠い目をしながら
件の写真を見つめると、そう言えば…と前置きをしてぽつりぽつりと語り始めた。

「私がまだ小さい頃、先生がその鏡を指差してこう仰ったんだ。
“カズトラ、この鏡は不思議な部屋に繋がってるんだ。僕はこの前、隠れんぼの途中で
そこに行って、そこで甘ぁいココアを飲んだんだ”って。確かその何日か前に先生が、
お庭で総一郎様と隠れんぼをなさってた際に急に居なくなって、屋敷中が大騒ぎになってね」
「え?!それじゃあ…」

やはり、先ほど自分が出会ったのは―――。
益田は、自身の動揺を悟られないように極力冷静な口調で問い掛ける。

「それで、榎木津さんはどこに行かれてたんです…?」
「あぁ、結局物置きの大鏡の前で眠っていらっしゃるのを発見されて、
事なきを得たんだよ。なかなか見つからないものだから、隠れ疲れて
寝てしまったんだろう。でも…私もまだ小さかったからね、先生の言う事を信じて
一緒に鏡に向かって突進したり、裏側を覗いてみたりしたけど、当然の事ながら
何も起こらなかったよ。大方、先生も今の君みたいに寝ぼけて、夢と現実の
境目が分からなくなったんだろうなぁ」

幼い日の思い出話を懐かしそうに語りながら、和寅は指先でそっとアルバムの隅を撫でる。

「それで…その鏡は今も…?」
「それなんだがね、」

早鐘を打つような心臓を押さえて益田は言葉を紡ぐが、返って来たのは意外な答えだった。

「あの後、その鏡はすぐに処分されてしまったよ。奥様が物置きの場所塞ぎで
 邪魔で仕方ないと仰って、確か骨董商に引き取らせたんじゃなかったかなぁ。
 御前様は色々な珍しい物を集めて来る割には、手に入れた後は綺麗さっぱり忘れて
 その辺に放って置かれるからね。大鏡がなくなった事を後で知った時も
 別に騒ぐ訳でもなし、きっとそんな物があった事すら忘れてたんだろうね」
「そう、ですか…」

父親が集めて来たガラクタを母親が目くじらを立てて捨てるのは、幼い頃に
益田の家でもよく見られた光景だった。
こういった現象はきっと、庶民も金持ちも関係ないものなのだろう。


『ばいばい、マスダ!』


益田の耳には、少年の声が今も鮮明に響く。変声期前の少し高い声。
あれはやはり、少年時代の榎木津だったのだ。

時間だとか空間だとか、そう云った概念や常識を飛び越えて、理屈では理解出来ない
何かの弾みで「こちら側」に迷い込んで来てしまった子供時代の榎木津。

自称“神”の神通力は凡人の自分には上手く説明も理解も出来ないが、
入り口を塞がれた以上、恐らくもう二度と“彼”に会う事はないだろう。
そう思うと、益田は急に寂しい気持ちになって、暮れかけた窓の外に目をやった。

(もう少し、色々話をすれば良かったな…)

そうすれば、彼の記憶の中に少しでも自分の存在が刻まれたかも知れない。

「ああ、君と話し込んでたらもうこんな時間か。私はもう立つよ。夕飯の支度をせにゃ」

台所に向かうべく立ち上がった和寅は、それでも一瞬動きを止め、
何か思い付いたように口を開く。

「そう言えば…先生は例の“不思議な部屋”とやらに行った際に
 知らない男にココアを淹れて貰ったと言ってたなぁ」
「知らない男…?」
「ああ。まぁ所詮は夢の話だから詳しくは知らないがね。そうだ、今夜は夕飯の時に
 そのココアの話でもしてみようかねぇ。先生は古い大鏡を憶えてた位だ。
 きっかけさえあれば、案外色々と子供時代の事を思い出されるかも知れないぞ」
「そう…ですね」

ついでのついでに、僕もこう尋ねてみようか。

『ココアを淹れたのはこんな風に痩せて、前髪の長い男じゃありませんでしたか―――?』

そう問うたら“神様”はどんな顔をなさるだろう。もしくは、少し気取って

『やっとお逢い出来ましたね』

―――そう告げたら、やはり怪訝な顔をされてしまうかな。
それを想像すると少しだけ楽しくなって、益田は写真の中で微笑む
少年の頬を慈しむように己の細い指先で撫でてから、そっとアルバムの表紙を閉じた。


(了)
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益田は正義だと信じてやみません。若者とオッサンを幸せにする為に奮闘する日々。
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