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薔薇十字団に愛を注ぎ込むブログです。
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まさかの自家発電CP、榎鳥。でも、このコンビは凄く好きです。
トリちゃんの、やる事なす事うまく行かないBADな一日のお話です。
BGMはTO/KI/Oの「雨傘」です。続きからどうぞ↓↓







何もかもを放り出して、泣きたい時は気圧のせいにして遣り過ごしているんだ。

…その日は朝から最悪で、仕事でヘマをやらかして大目玉を食らい
気に入っていた女には袖にされ、雨が降ったが傘がなかった。

何もかも上手く行かない厄日。本当なら酒でも飲んで忘れてしまいたいのに、
何で僕はここに来てしまったんだろう。心も体もずぶ濡れたまま。


『雨傘』


そもそもの原因は全て自分にあるのだけれど、それでも全てを誰かの
何かのせいにしてしまいたい時というのはきっと誰にでもあるだろう。
だから今回の場合も、鳥口守彦が取り分け身勝手で傍若無人な若者と
云う訳ではない。ただ・・・少し、ほんの少しだけ彼は疲れていて、
憂鬱で、寂しかったのだ。ただそれだけの話である。

まず最初の失敗は、電話で取材相手との待ち合わせ時間を聞き間違えた事だ。
「一時に神楽坂の洋食屋で食事を摂りながらで良ければ」と云う先方からの
申し出の「一時」と「七時」を聞き間違えた。初歩的なミスである。

仕事が忙しいからとなかなかアポが取れなかった相手から漸く取材の
承諾が得られ、流石相手は商社マン、日中は忙しいから仕事が終わってから
夕飯を食いつつ取材に応じてくれるのかと、一人で早合点して帳面に“七時に神楽坂、
そのまま直帰”と走り書きした。そして昼にのんびり出前の蕎麦を食べながら編集デスクで
次刊の構成を考えていた時に事務所の 電話が鳴り、出ると例の取材相手からで
「約束の時間はとうに過ぎている、 いつまで待たせるつもりだ」と怒鳴られた。
相手はわざわざ昼休みに会社を 抜けて鳥口との時間を設けてくれていたのだった。
だから食事をしながらで 良いかと聞いてきたのだろう。背中からドッと嫌な汗が出た。
なぜ最初の 電話の時に「“ななじ”で宜しいですか」と確認しておかなかったのか、
後悔してももう遅い。烈火の如く怒った相手は「もういい」の一言で電話を切り、
鳥口はその場にへたり込んだ。

外での昼食から戻ってきた妹尾に 事情を説明すると、おっとりした先輩デスクは
「お前にしちゃ珍しいミスだ」と 快活に笑い、「とにかく先方に謝って来い。それが今日の
お前の仕事だよ」と ひらひら手を振って鳥口を送り出した。
社長には黙っておいてやると 言われたのは、暗に今度奢れと云う事だろう。

「君は社会人として失格だ」
開口一番に言われた一言に、鳥口はひたすら低身低頭で謝り続けた。
相手が怒るのはごもっともであるし、それに対して謝罪する事に何の異存もない。
ただ、髪を整髪料で撫でつけた神経質そうな男は(鳥口は、ふと武蔵野バラバラ事件で
知り合った顔の長い弁護士を思い出した)腹の虫が治まらない らしく
「これだから三流雑誌は」だとか「もっとまともな仕事を見つけたら どうだ」とか、
次第に鳥口の失態よりも鳥口の職種そのものに罵言を
呈し始めた時、思わず鳥口は反論せんと顔を上げてしまった。

「何だね。言いたい事があるならハッキリ言いたまえ」
「・・・いいえ、何でもありません。本当に申し訳ありませんでした」

―今は何を言っても火に油を注ぐだけだろう。そもそも彼をここまで
怒らせたのは他ならぬ自分自身である。鳥口は先程よりも更に頭を低くした。
謝る時に頭を下げるのは、相手の怒りを頭上に通過させる為だと云うのは
妹尾の弁だ。鳥口はひたすら謝罪を繰り返しながら、この時が過ぎるのを待った。
奥歯を食いしばって、拳を握り締めながら。

“耳は閉じられないから仕方ない”と言っていたのは誰だったか。

這々の体で編集部に戻る頃には既に日が傾いており、妹尾がニヤニヤしながら
「どうだい、油はこってり絞られたかい」と聞くので「相手さんは当分、 明かりを
灯すにゃ不自由しないでしょうな」と答えてやった。

それでも語尾が萎んでいる事を見抜かれて「一杯どうだ」と誘われた。いつもなら
タダ酒が飲めると喜ぶ所だが断った。
愚痴でも何でも、もう今日の一件に関しては口にしたくなかった。

それでもモヤモヤした気分が晴れなかったから、馴染みの女の家に
転がり込もうと思って家とは反対方向の都電に飛び乗った。
鳥口が何か嫌な事や仕事が上手く行かない時に訪ねると、自分からは
何も聞かず、黙って膝を貸してくれる情の深い年上の女だった。
お互い依存せず深入りせずの後腐れない関係は事のほか居心地が良く、
今はその温かい膝が堪らなく恋しかった。

・・・しかし本日の鳥口は本当に運に見放されているようで、女の部屋には
既に先客がいた。見慣れた玄関に見慣れぬ男物の靴。女は少し困ったような
笑み浮かべ、自分の背後と鳥口と革靴とを交互に見て「・・・そう言う訳 だから、
今夜は無理なの。ごめんね守彦」と申し訳なさそうに言った。
目の前で閉まる扉に、為す術はない。

女のアパートを出ると鼻先に冷たいものが当たった。雨が降って来たのだ。

(・・・もう、雨でも槍でも降りやがれ)

まさに踏んだり蹴ったり。生憎、傘は持っていなかった。
 
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益田は正義だと信じてやみません。若者とオッサンを幸せにする為に奮闘する日々。
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