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薔薇十字団に愛を注ぎ込むブログです。
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第2話アップしました。榎木津登場。続きからどうぞ↓↓






雨の中をとぼとぼ歩きながら、カメラを編集部に置いて来たのは
せめてもの救いだと思った。今日は雨の中を濡れて帰りたい気分だった。

明日はまた商社に出向いて謝罪して、改めて取材のアポを取らなくてはならない。
今日の失態も社長の耳に入れない訳には行くまい。嫌な事を避けて通れるほど
世の中は甘くない。考えれば考える程に憂鬱だった。

テーラーのウィンドウに映った自分の背中が柄にもなく猫背で、(これじゃ
関口先生の事も笑えないな)と自嘲気味に思った途端、急に空が機嫌を変えた。
バケツをひっくり返したような大粒の雨だ。しかしポケットには傘を新調する程の
金の持ち合わせもない。最悪だ。これで車に泥跳ねでも掛けられたらお笑い草だな、と
思った10秒後に、向かいから走って来たオート三輪によってそれは現実のものとなった。
まさに踏んだり蹴ったりだ。どうしてこうも、やる事なす事上手く行かないんだろう。
腹いせに道端の電柱を蹴飛ばしたが足が痛いだけで、なんだか無性に泣きたくなった。

・・・だからと言って、それがここに足を向けた理由になるかどうかは分からないのだが。
鳥口は神保町の探偵事務所の前にいた。

ビルヂングの中に入り一歩踏み出すと、濡れた靴がぐちゃぐちゃと惨めったらしい
音を立てたせいで益々侘びしい気持ちになった。事務所に益田が居ればこの顛末を
面白おかしく笑い話にしてしまおうか。和寅しか居なくてもタオルくらいは
貸してくれるだろう。・・・大将は起きているだろうか。

カラン、とベルを鳴らしてステンドグラスの填められた重厚な扉を開けると、
予想に反して中には誰も居なかった。皆、出払っているのだろうか。鍵も
掛けずに不用心だな・・・と思った瞬間、
「遅いッ!遅過ぎるぞこのバカ寅!この僕をいつまで待たせるつもりだッ!」
バタンッ!と派手に奥の扉が開き、水兵のような白と水色の横縞のシャツに
濃紺の綿のズボンを履いたビスクドールのような探偵が飛び出してきた。

「・・・大将、どうも」
「なんだ、鳥ちゃんじゃないか。なんだいその格好は」
「・・・見たまんまですよぅ」
バカみたいに全身ずぶ濡れで、ズボンの裾は泥跳ねで汚れている。
美しい調度品に囲まれた事務所において、自分は不釣り合いな事この上ない。
・・・ましてや目の前に立つ、この美しい麗人の前では。

「益田くんと和寅さんは・・・?」
「あのバカオロカは昨日から風邪をひいて下宿で寝込んでいる!
和寅の奴は夕飯の買い出しに行ったまま戻って来ない!大方どこかで
降られて濡れネズミならぬ濡れトラになっているのだ。二人とも日頃の行いが
悪いからそういう目に遭うのだ、全くけしからん!」

一気にそう捲し立てて榎木津は所定の探偵椅子にドカッと腰を下ろした。
鳥口は未だに扉の前で突っ立ったままだ。
「大将の言葉を借りるなら、僕なんか日頃の行いが最悪じゃないですか・・・」
うへぇ、と溜め息ともつかない声を出しながら、鳥口は悲しい気持ちになった。
こんなツいてない目に遭うなんて、一体自分は普段どれだけの悪事を働いていると云うのか。

「濡れて汚れたトリ頭が突っ立っていてもインテリアにもならん。さっさと座りなさい」
そう言われても今の自分の成りでは、この上等な革張りの ソファも汚してしまう。
そう思い躊躇していると「バカオロカじゃあるまいし グズグズしない。鳥ちゃん、
掃除なんかバカ寅がやるから良いのだ。 それより神が座れと言ったらさっさと座る!」
バン!と机を叩いてそう言われれば座らない訳には行かない。
おずおずと客用ソファに腰掛けるが、濡れた服と革が密着して酷く気持ち悪かった。
今日はどこに居ても居心地が悪い。まるで自分の居場所なんかどこにも無いような
錯覚に陥ってしまって、鳥口は益々うなだれた。

「ああ、そのオッサンは随分カンカンじゃないか。君は何をやらかしたんだい。
その髪の長いご婦人の家には間男が居たな。大人しく引き下がって来たのかい?
わはは、道端をボーっと歩いているから泥なんか跳ねられるんだ」

バカだなぁ、どうしてこう世の中はバカが多いんだろうと呟きながら
榎木津は鳥口の隣に移動して来た。自分の今日一日のつまらない出来事を
視られても、鳥口には反論する気も起きなかった。全てその通りだったからだ。

「全く、大将の仰る通りですよ。本当に今日は全然ツいてない。自分が馬鹿みたいですよ」
そう自嘲して鳥口はぽつりぽつりと今日一日のあらましを話して聞かせた。
人の話を聞くのが嫌いだと言う探偵に合わせて、短く脚色を加えて面白おかしく
話そうと努めたが、今日に限っては上手く舌が滑ってくれなかった。

「・・・時間を間違えたのは完全に僕が悪いんです。
     でも、仕事そのものを詰られたのが悔しくて」
「うん」
「・・・あの人は付き合ってた訳じゃないから文句は
   言えないけど、今日はたまたまタイミングが悪くて」
「うん」
「おまけに雨に降られても傘は無いし金も無いし」
「うん」
「卸したてのズボンはご覧の有り様で」
「うん」
「なんで自分ばっかりこんな目に、って思って」
「うん」

途中で止めろとも煩いとも言われないのを良い事に、鳥口にしては珍しく
愚痴っぽい口調で延々と喋り続けた。妹尾には話す気が起きなかったのに、
どうして相手が榎木津だとこうも言葉が溢れるように出てくるんだろう。
鳥口はそう思いながら言葉を吐き出し続けた。

「・・・もう、神にも見放されたって感じで」
「僕は見放してなど無いよ」
「・・・え?」
次の瞬間、グイと体を引かれ、頭を何かに押し付けられた。

それは他でもない、榎木津の膝だった。
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益田は正義だと信じてやみません。若者とオッサンを幸せにする為に奮闘する日々。
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