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薔薇十字団に愛を注ぎ込むブログです。
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★第3話~。
自分で言うのもなんですが、さっちゃんみたいな姪っ子が欲しいです。。
某様も仰ってましたが、幼女と郷嶋って組み合わせはミラクルだと思います。







あれから、どれ程の時間が経過しただろう。すぐに終わるとタカを括った物事ほど、
存外に時間が掛かるものである。郷嶋は部屋の壁掛け時計を見上げる。
針はそれぞれ3と7を指しており、青木が出掛けて少女と二人きりになってから
正味2時間以上が経っている計算だった。隣の部屋からは物音一つ聞こえて来ない。

(寝てるのか?)

それならそれで、タオルケットの1枚でも掛けてやらねば風邪を引かせてしまうだろう。
そう思った郷嶋が、音を立てぬように静かにドアを開けると、そこには、

「あ、おじちゃん。もうお仕事終わったの?」

少女はテーブルに図画帳とクレパスを広げ、熱心に絵を描いていた。
郷嶋の顔を見上げて、漸く肌色のクレパスを持った手は動きを止める。

「あんまり静かだから寝てるのかと思って見に来たんだ。ずっと絵を描いてたのか」
「うん!さっちゃん、お絵描き大好きなの」

そう言って白い歯を見せて笑う少女の横に座ると、郷嶋は図画帳を覗き込んだ。
そこには水色のドレスを纏った少女が、手に花束らしきものを持って笑っている。

「へぇ、上手いな」

郷嶋の言葉で、少女の顔はパッと輝く。

「本当?!これはね、さっちゃんの結婚式の絵なの!」
「結婚式?」

言われて、よくよく絵を見返すと確かに絵の中の少女の手には
指輪のようなものが書き込んであった。

「本当だ。指輪してら」
「いいでしょ。この指輪、この前タッちゃんに貰ったの」
「タッちゃんて?」
「よしだたつや君」

…そう言われても、当然の事ながら郷嶋には誰の事だかさっぱり分からない。
今度は少女に分かり易いように質問をし直してやる。

「さっちゃんは、そのタッちゃんて子と結婚するのか?」
「そうだよ。この前、幼稚園で“僕と結婚して下さい”って言って、指輪くれたの」

ちょっと待ってて、と言って少女は部屋の隅に置かれた布鞄のポケットを
ごそごそ探ると、何かを握りしめて戻って来た。

「これねぇ、さっちゃんの宝物なの」

そう言って少女が見せた物は、小さな指輪だった。

指輪と言っても金メッキを塗ったプラスチックの輪っかの真ん中にダイヤモンドカットされた
ガラスが填められただけの、駄菓子屋か縁日の露天で売っていそうな、ちゃちな玩具の
指輪ではあったが、少女はそれを大事そうに左手の薬指に填めてにっこりと笑った。

綺麗な物や光る物が好きなのは、女のDNAに組み込まれた生まれながらにしての
本能なのかも知れない。そして郷嶋とて子供相手に「それはガラスだぞ」と告げるほど
大人気なくは無いので、指先を光に翳すように掲げている少女の髪を撫でてやりながら、

「凄いな。ダイヤだろ、それ」

と感心した風に言ってやった。

「ね!いいでしょ。これ、結婚指輪なの」

少女は得意満面に胸を張る。それに付き合って郷嶋も、感心したように相槌を打つ。

「へぇ。指輪を貰うと、その相手と結婚できるのか」
「そうだよ。だってそうやってタッちゃんと約束したもん」
「さっちゃんは、そいつの事が好きか?」
「うん!大好き!だからさっちゃん、大きくなったらタッちゃんのお嫁さんになるの!」
「そうかそうか。良かったなぁ」
「うん!」

これ以上ない程の満面の笑みを浮かべた少女は、
しかし次の瞬間じっと郷嶋を見上げてこう尋ねて来た。

「おじちゃんは好きな人、いる?」

唐突にそう問われた郷嶋は、一拍の間を置いて「…居るよ」と答えた。
少女はその答えに嬉しそうにキャアと歓声を上げる。「好きな人の話をしたがる」と云うのも
女の本能かも知れない。そしてその本能には「相手を質問攻めにする」と云う性質も
含まれているのかも知れなかった。少女は目を爛々と輝かせて郷嶋に詰め寄る。

「本当?!居るの?!」
「まぁね」
「誰?誰?」
「教えない」
「何でー?ズルいよ、さっちゃんは教えたのに」
「恥ずかしいから内緒」
「もしかしてマユミ先生?」
「(幼稚園の担任か?)違う。同じ仕事場の人」
「年上?年下?同い年?」
「年下」
「可愛い?お姫様みたい?」
「全然」
「じゃあ、何で好きになったの?」
「何でだろうなぁ…蓼喰う虫も好きずきって云うか、痘痕も笑窪って云うか」
「難しい言葉、さっちゃん分かんないよー」
「・・・だよなぁ。えーと、一緒に居ると退屈しないから?」
「ふぅん。ねぇねぇ、もうチュウした?」
「秘密。これ以上は本当に内緒」
「もう!けちんぼ!…じゃあ、もう指輪あげた?」
「あげてない」
「えー!なんで?早くあげなきゃダメよ」
「どうして」
「だって早くあげないと他の人に取られちゃうよ」
「指輪あげたら取られないのか?」
「だってねぇ、指輪あげて、“僕と結婚して下さい”って言って、チュウしたら結婚出来るんだよ」
「じゃあ、さっちゃんはしたの」
「えー?内緒」
「いいじゃん、教えてよ」
「えー?…したよ」
「へぇ、やるなぁ」
「うふふ」

少女は恥ずかしそうにもじもじと体を捩らせ、
「今の話、パパには内緒ね。妬きもち焼いちゃうから」と甘えたような声を出した。
自分の可愛らしさをちゃんと理解しているかのような上目使い。やっぱり女と云う
生き物は生まれながらにして「オンナ」だ、と郷嶋は思った。

「なぁ、それは塗らないのか?」

郷嶋はふと気付いて画用紙のある一点を指差した。花嫁姿の少女が手に持つ
花束の中に、一つだけ枠線だけで花弁の色が塗られていないものがあった。

「それねぇ、桃色のクレパスがもう無くなっちゃったの」

少女はそう言って口唇を少しだけ尖らせる。言われて郷嶋がクレパスの箱を覗けば、
確かに「もも」と書かれた文字の下の窪みだけがぽっかりと空白を生み出している。
他にも黄色や赤や水色など、如何にも少女の好みそうな明るい色味の物は、
どれもドングリの背比べのように磨り減り、互いに短さを競い合っていた。

「今度、ママに言って桃色だけ買って貰うんだ」

そう言ってクレパスの箱を閉じようとした少女に、郷嶋は

「…じゃあ、クレパス、今から一緒に買いに行こうか」

と提案した。
少女は一瞬「本当!?」と目を輝かせたものの、すぐに「駄目よ」と言ってかぶりを振った。

「どうして」
「だって、お泊まりの間はワガママ言わないってママと約束したから」
「別にさっちゃんが“買って”って言った訳じゃないだろ。
おじさんが買ってあげるって言ったんだから。そういうのはワガママって言わないよ」
「でも」
「ちょうど万年筆のインクも切れたから角の店まで
 買いに行かなくちゃいけないんだ。だから、そのついでだ。ついで」
「…本当にいいの?」
「だから、いいって言ってるだろう。ほら、早くおいで。ついでに夕飯の材料も買わないと」

「じゃあ、さっちゃんクレパスのお礼に、晩ご飯作るのお手伝いしてあげる。
 いつもママのお手伝いしてるから、ちゃんと出来るよ」
「偉いなぁ。良い心掛けだ。あいつに見習わせてやりたいよ」
「あいつって誰?」
「君の叔父さん」
「文ちゃん?文ちゃんはお手伝いしないの?」
「しないね。あいつは食べるの専門だから。でも手伝ってもらうと
 余計にグチャグチャにされるから、むしろ何もしてくれない方が良いんだ」
「アハハ、文ちゃん大人なのにー」
「な。今度さっちゃんからも何か言ってやってくれよ」
「分かった!あ、ねぇおじちゃん、お買い物にクマちゃんも連れてっていい?」
「いいよ。ほら、早くおいで。鍵を閉めるから」
「はーい」

玄関で子供用のズックを履いている少女を待つ間、郷嶋はいつもの条件反射で
胸ポケットの煙草を探ろうとし、しかし思い直して手の中の鍵を握り返した。
子供の横で歩き煙草は良くない、と云うモラルの問題以前に、自分が吸ったら
少女が煙いだろうと自然に配慮した結果だった。

(俺って意外といい奴だなぁ…)

もう郷嶋の中には、少女に出会う前に抱いていた子供に対する嫌悪感や煩わしいと云う
気持ちは跡形も無かった。しかしそれは郷嶋が実は子供好きだったとか言う訳では
決して無く、ただ敢えて理由を付けるとするならば、郷嶋は子供の扱い方など未だに
皆目分からないが「女」の扱い方ならば多少の心得があると云った所だった。

女は生まれながらにして「女」なのだ。
無意識の内に自分の可愛らしさを武器にするのが女の本能ならば、
それに乗って己の頼りがいのある所を見せてやりたくなるのが男の本能だと郷嶋は
思っている。それに少女の表情の中に恋人の面影がちらちらと重なるのがいけない。
つい無自覚に甘やかしてしまう。

そして何より、彼は大人子供関係なく、聡い人間が好きだったのだ。

「ちゃんと履けたか?」
「うん!」
「よし、じゃあ行こう」

当たり前のように手を繋いだ郷嶋と少女の間には、もう出会った当初の
ぎこちなさなど微塵も残ってはいなかった。



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