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薔薇十字団に愛を注ぎ込むブログです。
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★第5話~。
ここからちょっと雲行きが怪しくなって来ます。。。








青木は郷嶋のグラスに酒を注いでやりながら、ほぅ、と小さく息を吐いた。
あれから3人で夕食を済ませ、姪を風呂に入れてやり、湯冷めせぬ内に
隣の部屋に客用の布団を敷いて寝かし付け(姪は郷嶋に買って貰ったクレパスを
枕元に置いて寝ると主張したので、青木はその通りにしてやった)、今は静かになった
室内で郷嶋と2人、差し向かいで酒を飲みながら、お互いの今日一日の労をねぎらい合った。

「今日は本当に有り難う。急な話で一時はどうしようかと思ってたけど、
 郡治が居てくれたお陰で助かったよ」
「お前こそ、よくあんな時間に帰って来れたな。俺があの子と
 上手く行ってるかどうか心配で、駅から走って来たんだろう」

そう言いつつ郷嶋は煙草を取り出すと「吸うか?」と青木の方に箱を向けたのだが、
青木は「大丈夫。要らない」とやんわり断った。

「確かに心配はしてたけど、帰って来たら早紀と郡治が予想以上に
仲良くしてたから驚いた。郡治、意外に子供の世話とか向いてるんじゃない?
あんな豪華なクレパスまで買ってくれちゃってさ」

「払うよ。幾らだった?」と青木が問うと、
郷嶋は「要らないよ。俺が勝手にした事だ」ときっぱり断った。

「ガキなんて未だに好きじゃないけどな、あの子は特別だよ。大人しいし、聞き分けもある」
「ああ、それは義姉さんの日頃の躾が良いから」
「あのクレパスだって、今日一日ずっと静かに絵を描いてたから、絵が好きなんだろうと
 思って買い出しのついでに買ってやっただけさ。無い色があるとか言ってたから」

「2人で買い物してたんじゃ、店で親子だと思われたんじゃない?」
「ああ、会計の時に“お嬢ちゃん、優しいパパで良かったね”なんて言われた時に、
あの子が“このおじちゃんはパパじゃないよ。今日会ったばっかりだよ”とか言い出すから
文房具屋の親父に思いっきり不審な目で見られてさ。誘拐犯か何かと間違われたんじゃ
ないかってヒヤヒヤしたんだぜ。現役刑事が幼女誘拐容疑で通報なんかされた日にゃ、
笑い話にもなりゃしないからな」

郷嶋の言葉に、青木はクスクス笑いながら、
「あはは、もしそうなったら僕が駆け付けて郡治を職質してあげるから」
そう冗談めかして言うと、郷嶋もわざとウンザリしたように
「勘弁してくれよ。そんな事になったら即軍法会議だ。
俺はお前と違って飛ばされるのは慣れてねぇんだよ」
・・・と言って肩を竦めた。途端に青木が噛みつく。
「ねぇ、それ、どう云う意味?」
「冗談だよ。そんなに怒るなよ」
「悪いけど、冗談に聞こえないから、それ!」

青木はむくれた様な上目使いで郷嶋を睨みつける。
そんな青木の頭にポン、と手を置いて郷嶋は笑った。

「やっといつもの調子に戻ったな」
「え…?」
「帰って来てからお前、なんだか元気無かっただろ。
 なんだ、何か胸糞悪ぃ事件でもあったのか」
「あ、別に…いつもと一緒だよ」

自分の目をじっと見つめて、そうか?と囁く郷嶋に、青木はじわりと温かいものが
胸の奥からこみ上げて来るのを感じた。自分の常態を知っているからこそ、
小さな変化も見逃さず気付いてくれる。そこに自分達の築いてきた確かな時間の長さを感じた。


(君は本当に優しいから、)


青木はじっと郷嶋の顔を凝視する。


(僕を選んだ事で)


通った鼻筋、二重瞼、薄い口唇。
目を閉じても容易に、明確に思い浮かべる事が出来る。


(選べなかったものが―――あるんじゃないの?)


君のその掲げられた天秤に乗っていたものこそが、君の本当の―――。


「…なぁ、俺の顔に何か付いてるか」

郷嶋の声が随分と遠くから聞こえたような気がして、
青木の意識は急速に現実へと引き戻される。

「え…」
「さっきから人の顔ジロジロ凝視しやがって。言いたい事があるならはっきり言いな」
「あ、別に…ただ、」
「ただ?」
「僕が帰って来た時に台所に立ってた2人が、本当の親子みたいに見えたから、」
「あ?」

急に発せられた青木のその言葉に、郷嶋は不審な顔をする。
その視線を感じながら、青木は一言一言を区切るようにゆっくりと言葉を発した。



「郡治はさ…結婚とか、考えた事、ないの」



一瞬の沈黙。それを永遠のように感じる刹那。青木は郷嶋の口唇をじっと見つめる。

(ねぇ、何か言って…?)

「急に何を言い出すかと思えば」

郷嶋はそう言って新たな煙草を口にくわえる。しかし火を付ける事はせず、
それを口唇の端にくわえ直すと、一言


「…あるよ」


と言った。青木の指先は先程のように急速に冷えて行く。
 しかし、本当に冷えているのは心なのかも知れなかった。
 
青木はやっとの思いで言葉を返す。

「…あるんだ」
「まあな」
「そっか…そりゃそうだよね」

お互い、いい大人だもんね。そう呟いて青木はグラスの縁を静かに指でなぞった。

「どうした?急にそんな話して」
「…別に」

青木はそう言って緩くかぶりを振る。しかし郷嶋がそんな返答で納得する訳がない。

「別にって何だよ、気にしてねぇなら何でそんな顔するんだ。
 言いたい事があるならちゃんと言えよ」
「…」

では、この胸に蟠った想いを口にしたら、果たして君はどんな顔をするだろうか。

聞きたい。
聞きたくない。
それでも、やっぱり、

「…今は?」
「何?」
「今は、どうなの」

(嗚呼、僕は馬鹿だ)

そんな事を聞いてどうするんだ。
何が聞きたくて、どんな返答を期待してそんな事を問うたのか。
そこに自分の期待するようなものなど一つも無いかも知れないのに。
これは開けてはいけない禁断の箱かも知れないのに―――。


沈黙。
静寂。
刹那。

言って欲しい。
言わないで欲しい。
だって、聞いてしまったら僕は、きっと僕は、



「仮にしたくても…無理だろ、今のままじゃ」



―――そして、静かに宣告が下った。





「あははは、だよねぇ!」

青木は笑った。口角を吊り上げて、わざと明るい声で笑った。

分かっていた。どこかでこうなる事は分かっていた。
答えを聞く前から、台所に立つ2人の背中を見た時から。
否、あるいは更にもっと前、自分達が出逢った時から―――。

この関係がいつまでも永久に続く訳など無い事を。
いずれ目の前の男が自分とは違う別の人間の腕を選ぶ日が来るかも知れない事を。
しかし、青木にはそれを責める事など出来なかった。出来る訳が無い、と青木は思う。
何故なら、彼に惹かれ、彼と共に在りたいと最初に願ったのは自分だからだ。
性別も立場も周囲の目も、安寧な家庭も堅実な将来も、何もかも放り出して
この男の隣に居る事を選んだのは他でもない、自分自身なのだ。

―――そして、目の前の男も自分と同じ思いでいてくれると、
ただひたすら強くそう思い込み、信じていた。そうであって欲しいと願っていたのだ。

「今の生活続けてたら、結婚なんて出来る訳ないよねぇ。当然だよ!
 だって僕達、お互いがお互いの首を絞めてるようなものじゃない。
  せめて一人暮らしなら自由に遊びにも行けるけどさぁ、毎日
   男ばっかりの職場で働いて、そのまま真っ直ぐここに帰って来てるんだもの!
    出会いなんかある訳ないもんねぇ」

クツクツと喉を震わせるように青木は笑う。らしくない。これで前髪でも長ければ、
まるで卑屈な笑い方をする友人の探偵助手のようだ。
しかし自嘲気味にそう思ってみた所で、喉の震えは止まらない。

(…ねぇ益田くん、本音を隠して笑うのって、難しいね…)

「何が可笑しいんだ。お前、さっきから変だぞ。もう酔ってんのか?」
「酔ってないよ。それに、変でもないよ」
「じゃあ、さっきから何なんだ一体。大体、お前が」
「郡治さぁ、」

郷嶋の言葉を遮って青木は言葉を紡ぐ。

「無理、しなくていいんだよ?」
「何の話だ」
「僕は郡治を縛るつもりなんて無いから。だから、」
「おい」
「郡治は自由なんだから。もし結婚したい人が居るなら僕の事なんて気にしないで、
 いつだってここを出て、幸せになっていいんだからね?」

「おい、何言ってるんだ、お前」
「僕は郡治が幸せでいてくれればそれでいいんだ。
 それが僕の幸せでもあるんだから。始まりがあれば必ず
  終わりがあるんだ、僕だってそれ位の分別はあるつもりさ。
   郡治がそうしたいなら、僕は嫌だなんて聞き分けの無い事は
  言わないから。僕は郡治の幸せを応援する。だから、」
「文蔵、お前」

堪らず青木は叫び出す。
「もういいんだッ!郡治は僕なんかに囚われなくていいんだよ!
 いつだって僕の事なんか切り捨ててくれていいんだ!
  郡治は僕の事なんかすっぱり忘れて、誰か他の人と幸せになればいい!
   その方が郡治にとっても幸せなんでしょ?!だから、その時は僕の事なんか」
「いい加減にしろッ!」


バシッ!


頬を走った鈍い痛みに、青木は自分が郷嶋に殴られた事を知る。
今までも、程度の違いこそあれど喧嘩なら数え切れない程してきた2人だ。
業を煮やした青木が、郷嶋の頬を平手で打った事もある。

しかし、青木が郷嶋に殴られたのは、後にも先にもこれが初めてだった。

どんなに互いに激昂し、激しく言い争った時でも、郷嶋は決して青木に
手を上げるような真似だけはしなかった。以前に派手に言い争っ挙げ句、
青木が郷嶋を拳で殴った時でさえ、彼は反撃して来なかった。
あの時は、自分とはまともに喧嘩もしてくれないのかと喰って掛かったものだが、

郷嶋は一言、
「だってお前、俺が本気で殴ったらお前なんか一撃で死ぬぞ」
と冷静に言っただけだった。
「俺が手を上げるとしたら、それはよっぽどの時だから覚えておけ」と。

その時はただ、自分と相手との力の差が恨めしかった。
しかし同時に、自分はそれだけ目の前の相手に大切にされている事を知った。
その事実が嬉しかった。自分達が喧嘩の最中である事すら忘れ、自分だけに
向けられた深い愛情に、ひたすら胸の中が満たされるのを感じた。
そして自分にも相手に対し、同じだけの愛情がある事を再認識した事で
今までの怒りなど嘘のように霧散し、目の前の男を腕に抱き、またはその胸に抱かれ、
許し許され、互いに今日までやって来たのだ。

それが、今。

じんと痺れる頬の痛みが、互いの間に横たわった事態の深刻さを、何より雄弁に物語っている。



―――あれ程までに固く結び付いていた2人の別離の瞬間が、すぐそこまで迫っていた。



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