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薔薇十字団に愛を注ぎ込むブログです。
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★第4話です~。
一応補足しますと、この郷青は一緒に暮らし始めて3~4年経ってる設定です。









青木は走っていた。駅からアパートまでの約1.5キロの道のりを全速力で走っていた。

戦時時は海軍で、警察官になってからは連日の大捕物で鍛えた健脚である。
これ位の距離、いつもなら息も乱れない。しかし今日はいつもとは違う。別の心配事で
始終そわそわと胸騒ぎがする。別の心配事とは勿論、アパートに2人きりで居る
自分の恋人と姪っ子の事である。

あのお世辞にも社交的とは言いがたい郷嶋が、幼い姪の面倒をちゃんと見てくれているか、
青木にはその事が甚だ心配だったのだ。郷嶋はモラルも常識もある男だが、なにせあの
愛想の無さと取っつきの悪さである。郷嶋本人も小さな少女と云う未知の存在と
急に2人きりにされて不満もあろうが、幼い姪こそ、あんな風に眼光鋭い見知らぬ男と
2人にされて萎縮していたら可哀想である。少女の両親同様、今頃アパートの部屋が
お通夜のような空気だったらと思うと、不憫で居ても立ってもいられない。
そんな2人の為にも、自分は一刻も早く帰ってやらねばなるまい。

だから青木は本日、同僚の木下に自分の分の残業を押しつけて定時に本庁を
飛び出したのである。アパートの前までは全力疾走で、しかし錆びた鉄の外階段を
上がる時は、遠慮がちに大人しく登った。カンカンと耳障りな足音を響かせたら周りの
住人に迷惑だろうし、今後の近所付き合いを考えれば、やはり円滑に済ませるに
越した事は無い。ポケットから鍵を取り出すのももどかしい気持ちで、青木は
ドアノブを回した。果たしてそこには―――。


「あ!文ちゃん!お帰りなさーい!」
「よう、思ったより早かったじゃないか。お帰り」

「た、ただいま…」

青木がドアを開けた瞬間、姪が満面の笑みで出迎えてくれた。飛び跳ねんばかりの
上機嫌である。郷嶋も夕飯の支度の手を止めて台所から顔を出した。
こちらもすこぶる穏やかな顔をしており、青木の想像していたような気詰まりな
苛立ったような雰囲気は微塵も感じる事は出来なかった。

「今ねぇ、おじちゃんと一緒にカレー作ってたの!でねぇ、ジャガイモとニンジンは
 さっちゃんが切ったの!ちゃんと“猫の手”で切ったから危なくなかったよ」
「そ、そう…偉いね」
「うふふ」

得意げに報告する姪の頭を撫でてやりながら当惑した目線を郷嶋に送ると

「いつまで玄関に突っ立ってんだ。早く上がれよ」

とあっさり言われてしまい、青木は向けた視線のやり場を失った。

(…どうなってる訳??)

そんな青木の困惑など綺麗に無視し、郷嶋は姪に向かって

「さっちゃん、そこの棚からスプーン出して」
などと親しげに話し掛けている。

(いつの間に、さっちゃんとか呼んでるし…)

所在を無くした青木は、仕方なくリビングに腰を下ろすと、
テーブルの上に見慣れぬ紙袋が置いてあった。

「何これ」
「あ、それねぇ!おじちゃんが買ってくれたの!」
「郡治が?」

青木が紙袋を開けて中を覗くと、そこには真新しいクレパスの箱が入っていた。
・・・しかもその箱の大きさたるや。

「凄ぇだろ、36色入りだぜ。俺達がガキの時代にこんなの持ってたら
 華族か大臣の子かってくらい大富豪だよな」
「さっちゃんの幼稚園でも、こんな大きいの持ってる子いないよ!」
「気に入ったか?」
「うん!おじちゃん、どうも有り難う!」

箱の中には赤青黄色は勿論、エメラルドグリーンやコバルトブルーなどの中間色、
果ては金や銀まで入っており、選り取りみどりの上等なクレパス達が燦然と輝いている。

「…本当に郡治が買ったの?これ」
「他に誰が買うんだよ。いいか、これはな、名画完成の為の必要投資なんだよ」
「名画?投資?」

青木には何の事やら見当も付かない。
しかし郷嶋は特に説明する気も無いようで、ぶっきらぼうに

「ほら、ボーっと座ってないで皿くらい出せ」

と言うと、さっさと台所に戻ってしまった。姪もそれに従って出て行ってしまう。

(なんだか、これって)

青木は2人の背中に向かって小さく溜め息を吐く。

(走って帰って来た意味、全然無かったんじゃ…)

どうやら自分の今日一日胸に抱いていた心配は、全て杞憂であったらしい。
どう云うきっかけで2人が打ち解けたのか知らないが、あの郷嶋が5才の姪を
機嫌良く世話したり、あまつさえクレパスのセットまで買い与えてやる図など
青木には想像もつかなかった。あんな目つきの鋭い蠍の如き男が幼女と手を繋いで
文房具屋で買い物をする姿など、下手したらクレパスを餌に子供を拐かす誘拐犯に
見えなかっただろうかと、不要な心配までしてしまう始末である。

まぁ2人が仲良くしてくれるに越した事は無い訳で、自分の今日一日の悶々とした
時計と睨めっこの就業時間も、駅から全力疾走した体力も、全ては取り越し苦労の
骨折り損で終わってくれた方が結果としては良かったのだが―――

(ゴメン、木下。今度メシでも奢るから…)

今頃は青木の分まで残業に追われているであろう、
気の良い同僚の姿を思い浮かべ、青木は一人、心の中で謝った。

―――それにしても。

「おい、こっちのものテーブルに運ぶくらいしろよ。どっかり座り込んで殿様か、お前は」
「あはは、文ちゃん怒られてるー」
「全く気が利かねぇな。働いてるのは何もお前だけじゃねえんだぞ」

そんな郷嶋の皮肉めいた言葉に、流石の青木もムッとする。

(もう!誰の為に必死で走って来たと思ってるんだよ!)

しかし、姪の世話を頼んだのは他ならぬ自分である。自分の急な頼みを了承して
一日中姪の面倒を見てくれた郷嶋と、当の本人である姪の手前、青木はグッと
その言葉を飲み込み、「はいはい、分かりましたよ」と腰を上げた。途端に姪が咎める。

「文ちゃん、ハイは一回よ」
「あ、ごめんね…」
「まったく、5才児に説教されてるんじゃねえよ」

郷嶋に苦笑混じりに揶揄われて、青木は「すいませんねぇ」とふてくされたように
返すしながら、台所を覗き込んだ。そこには郷嶋に向かって皿を渡す姪と、
それを笑いながら受け取る郷嶋が居る。

「さっちゃんねぇ、ニンジンも食べられるよ」
「そうか、偉いなぁ」
「うん!」

そんな何気ない会話を交わす2人を見つめながら、
青木は少しばかり複雑な思いに駆られてしまう。

(なんだか、こうやって見てると…)

郷嶋が姪の頭を撫でる。その仕草があまりに自然で―――

(なんだか親子みたい。この2人…)

そんな青木の思惑など気付く筈のない郷嶋は、

「どうした?ぼんやりして。ほら、こっちはお前の分」

そう言ってカレーを盛った皿を青木に向けて差し出した。
温かな湯気と食欲を誘う匂い。それでも青木は、自分の指先が
少しずつ冷えて来ている事を、どこか物悲しいような気分でゆっくりと感じていた。



(5)へ

 

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