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薔薇十字団に愛を注ぎ込むブログです。
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★第6話。
ゲイのカップルがいずれはブチ当たる壁的な感じで。







青木は静かに口を開く。
「…痛いよ。何するの」
「それはこっちの台詞だ。お前こそどう云うつもりだ」

そう言って、締め付けるような鋭い瞳で郷嶋は青木を睨み付ける。
青木は今まで、この眼光鋭い男にどんなに睨み付けられたとしても一度たりとて
怖いと思った事は無かった。そうされる度に同じ強さで睨み返して来た。
自分達は互いに対等で、どちらが強者でも弱者でもなかったから。
しかし、今は―――


怖い。


青木は、己の指先が微かに震えている事を自覚する。今の自分は、それ程までに
弱気になっているのだろうか。否、これは不安だ。幼子が母親に捨てられまいと
必死に縋り付くような、「見捨てられたくない」という本能からの不安が
自分を弱くしているのだ。怒りをぶつけられる事よりも、自分はこの男に
見放される事、更に言えば、嫌われる事が怖いのだ。
この男の、自分に向けられた愛情を失う事が怖いのである。

随分と脆くなったものだと自嘲する傍ら、自分はそれ程までに
この男を愛している事を改めて思い知らされる。

愛は人をどこまでも強くする。愛はこれ程までに人を弱くしてしまう。

「なぁ、お前。さっきから訳の分からねえ事ばっかりベラベラ喋ってやがるが、
 結局何が言いてぇんだ。お前は何か、そんなに俺と離れてぇのか。だったら
  お前が出て行くんだな。ここは俺が借りた部屋だ。とっとと何処へなりとも行きな。
   手前なんざ、もう顔も見たくねぇ」
「何それ…」

悔しさと悲しさがない交ぜになって鼻の奥がツンと痛くなるのを青木は必死に堪える。

(畜生、泣くもんか)

自分は郷嶋の為に、愛する男の幸せの為に、身を切るような思いで一つの覚悟を
決めようとしていると云うのに、何故そんな言い方で、厄介者のような仕打ちを
されなければいけないのか。自分達の関係は、そんな乱暴にあっけなく
終わってしまう類のものだったのであろうか。自分が今まで絆だと信じて縁(よすが)と
して来たものは、相手にとって何の価値も無いガラクタだったとでも言うのか。

これでは、まるで惨めな独り相撲だ。無慈悲な事実を眼前に突き付けられ、
そんなものを後生大事に抱えて生きて来た自分が、只々情けなくて切なくて、
そして酷く悲しかった。ギリ、と強く奥歯を噛み締め、それでも青木はキッと
前を見据えて男の顔を凝視する。

今、目を逸らしたら負けだ。

こんな時に勝ちも負けもある訳が無いと分かっている癖に、何故か強くそう思った。
郷嶋は相変わらず射抜くような視線を寄せ、全身から放たれる強い怒りが
無数の棘となって、青木の肌を刺している。痛い。それでも青木は目を逸らさなかった。

怖い。
愛しい。
逃げ出したい。
傍に居たい。

「なんで…何でそんな言われ方されなくちゃいけないの。僕は…」
「何でだと?!そもそも手前が吹っかけて来た話じゃねえか!!
 何でもかんでも人のせいにするんじゃねえ!!」

バン!!

激昂した郷嶋が強くテーブルを叩き付けた。
グラスの中の琥珀の液体がゆらゆらと揺れるのを現実味の無い目で青木は見つめる。


「…もう夜遅いから大きい音出さないで」
「ふざけるなッ!!」
「怒鳴らないで。早紀が起きる」
「ッ!!この餓鬼…!!」

郷嶋は勢い良く立ち上がると青木の腕をギリギリと音が鳴る程の力で掴み、
半ば引きずるような格好で洗面所のある板の間に移動した。
洗面所は寝室と対角線上にあり、言い争うには姪の眠る部屋から
一番遠い此処しか無い事をお互いが分かっていた。

叩きつけるようにして体を壁に押し付けられる。隣家が空き部屋で良かったと、
 こんな時までどこか冷静に物事を判断してしまう自身が青木は恨めしかった。

「出て行きたいなら後1日だけ待ってやる。明日、あの子を親元に返したら
 夕方までに荷物纏めて、どこへでも行けばいい。さぁ、どうする」
「なんで…何でだよ…」

嗚咽が漏れそうになるのを必死になって堪える。
喉がみっともなく震えて声が出しにくい事この上ない。

「僕は、ただ郡治の為に…」
「俺の為だと?!俺が!いつ!お前に何を頼んだ?!
お前はさっきから何を言ってるんだ!手前勝手な事ばかり言いやがって!」
「郡治の馬鹿野郎!何で分かってくれないんだ!」
「手前が分からねえ事ばかり言うからだろうが!馬鹿は手前だ!」
「この分からず屋!!だって、だってアンタは
 僕が傍に居たら幸せになれないじゃないかッ!!」

青木はとうとう堪え切れず、だらだらと涙を流しながらそう叫んでいた。
泣きながらでも明瞭に話せるなんてのは小説か活動写真の中の作り物の世界だけだと
青木は思う。今の自分は涙で喉が震え、鼻が詰まっているせいで、裏返ったような
酷くみっともない声しか出ないのだから。

「あ、アンタに仮に一緒になりたい人が居たとしたって、
 僕が傍に居る限りは無理じゃないか!アンタは僕と居る限りは
  結婚も出来ない!父親にもなれない!何にもなれないじゃないかッ!」
「文蔵、」
「早紀と一緒に台所に立つアンタを見て思ったんだ。
 アンタにだってこれ位の年の子供が居てもおかしくないんだって。
  誰かと結婚して、一家の主になって、子供をもって、父親になって。
   その子と一緒にカレーを作ったりクレパスを買ってやったり、
    そういう“普通の幸せ”がアンタの人生の選択肢にも確かにあった筈なのに…」

みっともなくしゃくり上げながら、青木は続ける。

「アンタは僕と出会ったばっかりに、そういう“普通の暮らし”とは
 縁遠くなってしまったのに、僕は自分がアンタと居られて幸せだからって
  有頂天になって、そんな事は考えもしなかった。アンタも僕と同じ気持ちなんだって、
   馬鹿みたいに思い込んでたんだ。・・・ねぇ、今ならまだ遅くないよ。まだ間に合う。
    アンタはまだ十分若いし、今からでも十分“修正”は出来るんだ。
     もう僕の事は気にしないでいいから。さっきアンタが言ったように、
      ここはアンタが借りた部屋だから、僕が出て行くのが筋だ。
       でも明日って云うのは急過ぎるから、ちょっと勘弁してくれないかな。
         ごめん、なるべく早く新しい所に部屋を借りるから、だからそれまでもう少し待って…」

「やっぱり、」

青木の言葉を遮って、郷嶋は勢い良く立ち上がる。

「やっぱりお前は最高の馬鹿だ…ッ!!」

郷嶋はそう叫んで青木の襟元を掴むと、腕の力だけで立ち上がるように促した。
自らの嗚咽に飲まれた青木は、まるで糸の切れた操り人形のように全身が
だらりと弛緩していたのだが、郷嶋はそんな事くらいでは容赦しなかった。

「ほら!立て!」
「嫌だ…離して…!」

青木は板の間の継ぎ目に爪を立てるようにして抵抗する。
子供の頃、医者に連れて行かれるのが嫌で、よくこうして
母を困らせたものだと虚ろな頭でぼんやりと考える。

「嫌だ、嫌…!」
「聞き分けのねぇ坊やだな!立てっつってんのが分かんねぇのか!」

尚も抵抗する青木を郷嶋はグイと力尽くで立ち上がらせる。
元より力で郷嶋に敵う訳など無い。そのまま壁に押し付けられ、
ともすればズルズルと重量に従い崩れ落ちそうになる体を、郷嶋が
青木の膝を割る形で足を滑り込ませて来た為、それも叶わなかった。

「文蔵、お前な、どこまで馬鹿なら気が済むんだ」

そう言って今度は髪を掴まれる。彼らしからぬ乱暴な仕草だ。
こんな粗雑な扱いは受けた事が無い。しかし、既に青木の中では
抵抗する気力など少しも残っていなかった。洗面所の右隣は玄関だ、
このまま引きずられて寒空の下に放り出されるのかも知れない。
だが、今の青木にはそれに抗う術も力もとうに残っていなかった。
もう、どうにでもしろと言わんばかりに為すがままになっている
青木の後頭部を掴み、郷嶋は唸るような低い声で言った。

「おい、お前。その節穴みたいな目を開けてよく見るんだ」

青木は子供のように嫌々とかぶりを振る。もう何も見たくなかった。
この瞳に映すべき意味や価値のあるものなど、自分達の間には
もはや欠片も残っていないのだ。それでも無慈悲な腕はそんな甘えを
許してはくれなかった。もつれ合うように、無様な二人三脚のような格好で
一歩、また一歩と前進させられる。

「よく見ろ、何が見える」

耳元で囁かれる。
無精髭が頬を掠める感覚が愛しくて、堪らず涙が溢れた。


「俺が大事にしたいものは…これだけだ」


さぁ、ここに何が見える。

その言葉を聞いた途端、まるで催眠術に掛けられたかのように
青木の両の瞼がゆっくりと開く。それは既に意識を超えた、本能の力だった。


そして、そこには―――


涙と鼻水でぐしゃぐしゃに歪んだ、酷くみっともない己の顔が
洗面台の鏡の中に大きく映し出されていた。



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