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薔薇十字団に愛を注ぎ込むブログです。
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◆郷青前提の青木と木場のお話です。

昭和33年以降のある日の2人の会話。
世の中は東京タワーが出来た頃。


「あの頃の事を、笑って話せるようになるなんて」。


よろしければ続きからどうぞ↓↓







【ごらんよ、世界は輝きに満ちているよ】 (郷青前提・木場と青木)


おら、飲み過ぎだぜ小僧、そう言って腕を引かれたけれど、
自分はまだまだ正気だと青木は思った。それに、

「30過ぎた男に小僧は無いですよ、先輩」
「うるせぇや、俺からしたら手前は幾つになっても小僧だよ」

木場に頭を小突かれるのも久々だ。
ほんの数年前までは頻繁に2人で杯を交わしていたが、青木自身も敬愛する
眼前の先輩と同じ立場に昇進してからは後輩を伴って飲みに行く事が多くなった。

言い得て妙な上司の悪口に苦笑し、愚痴を聞いてやり、励まし、慰め、
それでもまだ自分はこの先輩の足元には及ばないと思う。

彼の生き方に盲目的に憧れていた訳ではなかった。

数年前に、それまで一緒だったコンビを解消し管轄を離れて初めて分かった事だ。
自分は無条件に木場の全てを好きだった訳では無いという事。
それは無論、木場とて同じ思いではあるのだろうけれど。
一旦別々の道に進んで初めて、己の事を俯瞰して見る事が出来るようになった。

思えば、ここに到達するまでどれだけの後悔とぬか喜びを繰り返したのだろう。
それでも、絶望に足が竦んだ時、声も出ないほど涙が零れた時、
その腕を取ってくれる腕に、涙を拭ってくれる指先に、いつでも自分は救われて来た。

それは期待していた未来の形とは少しばかり違うけれども。 それでもーーー

「郷嶋と一緒に暮らしてるんだってな」

ふいに掛けられた声に一瞬、置いてきぼりになりそうな思考を力技で目の前の男に戻す。
見れば手酌で酒を注いでいるから自分が、と言いかけたが「要らねえよ」と突っぱねられ、
伸ばした手が空中をさまよう。

「まさか蠍の郡治と手前がなぁ」

最初聞いた時は何の冗談かと思ったけどよ、そう言って薄く笑う木場の顔には、
出会った頃には無かった皺が刻まれ、髪にも白いものが混じっていた。
本当に、随分長い時間がお互いの間に流れたものだ。

「中禅寺さんから聞きましたか」
「いや、あれは余計な事は言わねぇよ。俺が聞いたのは馬鹿探偵からだ」
「どちらでも構いません。別に隠してた訳じゃありませんから」

それは本当の事だ。自分達には恥ずべき事も後ろめたい事も何も無い。
そうかい、そう言って杯を煽る男の燕下する喉元を見つめ、尚も青木は言葉を続ける。

「ぐん・・・郷嶋さんには随分救われました。あの人に出会わなかったら、
自分は今ここに居なかったかも知れない」

最初に郡治、と言いかけたのは勿論わざとなどではなかった。

「あの人は・・・優しい人です」
「あの男が“優しい”か。蠍も随分と毒気を抜かれたもんだな」

その言葉にクスクスと笑いを漏らしながら、今度こそ彼の杯に酒を注いでやる。

「あの人は目つきで大分損をしているんです。直せとは言ってるんですけどね。
まぁ、僕の周りは眼光鋭い方ばかりなので、最初から臆したりしませんでしたけど」

それは俺の事かよ、小僧。そう言って髪をぐしゃぐしゃと掻き混ぜられるのも久しぶりだ。
今の青木は既に郷嶋の指先の動きと木場のそれとの違いを容易に見い出せる。

「先輩。僕、今、とっても幸せなんです。特攻崩れで生き延びて、自分だけが
安寧に生きてちゃいけないような罪悪感に苛まれた時もありましたけど、
でも、今はあの人が居てくれるから、だから僕は・・・」
「分かった分かった、惚気は沢山だぜ。背中が痒くならぁ」

そう言って片手をひらひらさせた無骨な男は、
 それでも芯から嫌な素振りは見せなかった。

「変わったな。手前はよ」
「そうでしょうか」
「少なくとも前はそんな風に自分の本音をポンポン口に出すような奴じゃなかっただろ」
「あの人のお陰です」
「はいはい、ご馳走さん」

「ところで、先輩はどうなんです?・・・お潤さんとは」
「なんでここであのオカメの名前が出てくるんでぇ」

眉間に皺を寄せて威嚇するように顎を突き出してくる木場に、
とうとう青木は吹き出してしまう。

「やっぱり変わってないな、先輩は」
「どういう意味でぇ、小僧」

「時々は自分に素直にならないとね、幸せは手に入りませんよ、先輩」
「手前に説教されるたぁ、俺もヤキが回ったもんだぜ」

「先輩にヤキが回ったんじゃなくて、僕が変わっただけですよ」

それにね、先輩。そう言って青木も杯の酒を一気に煽り、

「僕は今夜、もう一つ素直になります。自分の為に。
 ーーー数年前は素直になれずに後悔しましたから」

それから一瞬間を置いて、それから一気に

「僕、あの頃、先輩の事が好きだったんですよ。ご存知なかったでしょう?」と言った。

テーブル越しに流れる沈黙。店内の喧騒。
木場から目を逸らさぬまま青木は小さな声で

「・・・良かった。やっと言えた」と呟いた。

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