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薔薇十字団に愛を注ぎ込むブログです。
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これにて完結です。

「誰かが掴んだ幸せの形。これから掴む誰かの幸せ」。

郷青と木場の最終的なゴール地点はこんな感じが良いな、と思ってます。







木場は動かない。 しかし青木は自分だけ立ち上がった。
答えを聞く気など毛頭なかった。財布から多目の金をテーブルに置く。

「では、僕は明日早いので、これで」
そう言って踵を返そうとした青木の耳に、辛うじて聴こえる声量で、ある言葉が聞こえた。


「ーーーーー。」


「え、先輩・・・今、なんて、」
「何でもねぇよ。さっさと帰んな。明日も早ぇんだろ」
「せん、」
「蠍の野郎と宜しくやりな。手前が変わったのはあの男のお陰なんだろ」
「先輩、」
「早く行けっつってんだろうが、聞こえねぇのか小僧」

瞬間、青木は店から飛び出していた。
人の良さそうな店主の「まいどー」と言う声を背中に聞きながら、
それでもひたすらに前に前に足を動かした。

あの時、自分の耳が確かならば木場はこう言ったのではなかったか。


「・・・知ってらぁ」


彼は知っていた!
全て知られていた!
全て伝わっていた!
全てを承知の上で、それで・・・

「気付かないない振りをしてたんですか・・・先輩、」

この思いの丈を全てぶつけられたらどんなに良いかと煩悶した夜があった。
自分が好きになったのが何故あの人だったのか、何度も己に問いかけた。
切なくて苦しくて誰かに打ち明けたくて、一人で涙に暮れた夜もあった。
そして別離の時が訪れ、自分は今、別の男の腕を選んでいる。

自分にとって、唯一無二のあの人の腕を。

あの時、木場が自分の想いに気付いて自分と歩み寄っていたら。
きっと今の未来図は敷かれていない。そして決定的に分かってしまった事がある。

もしあの時、木場が自分の目線の高さ、立ち位置まで降りて来ていたら。
自分の望む言葉を掛け、自分の方だけに向いていてくれたらーーー

木場がそんな男だったら、自分はきっと愛せなかった。

木場はいつでも自分の歩幅で、自分の信じる物に向かって真っ直ぐ歩いて行く男だった。
だからこそ、青木は憧れ、惹かれ、焦がれたのだ。

木場を支えられる人間になりたかった。その繊細さを癒やしてやりたかった。
対等でありたいと願っていた。その為にはまず、己の立ち位置を知り、
足場を固める必要があったのだ。自分の足で真っ直ぐ進む指針が必要だった。
自分の「生」に胸を張れる自信も、全て。総て。

今の自分には、それがあると思うのは思い上がりではないだろう。
郷嶋と出会って自分は変わったと思う。

一つ一つ、下らない平凡な、取るに足らない物を大切に大切に積み上げて
自分達だけの絆を作り上げた。もう愛情と依存を混同する事も無い。

自分はしっかり、自分の足で立てている。

だからこそ、このタイミングで木場は自分の気持ちに答えてくれたのではないか。
自分がもう後ろから支える必要のなくなったこのタイミングで。
そして、青木はもう迷わない。自分の帰るべき場所は只一つなのだ。 

そして今、青木は無性に郷嶋に逢いたくなった。

もういつもの歩調で歩くのすらもどかしくなって、
ついに青木は駅に向かって、全速力で駆け出した。





「親父、もう一本付けてくれねぇかい」

「旦那、えらくご機嫌だねぇ。何か良い事でもあったのかい」

「・・・ガキがな、やっと自分の足で立って歩けるようになったのよ」

「それは目出たいねぇ。可愛い盛りだ。でもこれからが大変だよ。
子供は歩けるようになると今度は色んな物に躓いたり、
転んだりぶつけたり、一時も目が離せなくなるよ」

「違ぇねえ。自分で歩いて一人前みてぇな顔してるけどよ。
まだまだ手が掛かって仕方ねぇぜ」

「何言ってんだい。満更でもない顔して。
可愛くて可愛くて仕方ないんだろう?顔に書いてあるよ」

「そうかい。そう見えるか」

「見えるとも!これでも人を見る目はあるんだから。
だから断言できる。旦那は良いお父ちゃんだ。その子は幸せ者だよ」

なんだか良い話を聞いてこっちも良い気分だ。この一本は俺の気持ちだよ、
そう言って徳利を土瓶に掛けようとした店主の腕を制して、木場はゆっくり立ち上がった。

「悪ぃな。それは次来た時に貰うぜ」

「そうかいそうかい。そんな可愛い子が家で待ってるなら
旦那、早く帰った方がいいや。また今度来てくんな」

美人のかみさんに宜しくな、そう言って店主は他の客の注文を聞きに
反対側のテーブルに向かう。その背に向けて、ご馳走さんと声を掛けて木場は店を出た。



「美人のかみさんねぇ。気の強ぇ跳ねっ返りのスベタなら一人知ってるけどな」

そう一人ごちると、木場の足は小金井方面ではなく一路「猫目洞」へ向かった。
なんだか妙に、吹き抜ける風が心地よかった。


(了)


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