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薔薇十字団に愛を注ぎ込むブログです。
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★冬コミ前のリハビリも兼ねて、久々に益和を更新~。
2日くらいで一気にザザザッと書いた代物なので短めですが^^;

先日、某N尾さん(笑)に「冬コミ原稿のアイデアが浮かばないよ><;」と
泣きついたら「じゃあ次回はほのぼの路線でどうですか」とアドバイスを
頂いたので、それも兼ねてのエロ無し短文です。ほのぼのかどうかは不明ですが。。

あ、余談ですが脳内では弥生さん宅遥佳さん宅の愛らしい和寅で
再生してお読みになられる事を推奨します・・・!!

ではでは、ご興味のある方は「続き」からお進み下さい^^










『龍ちゃん、お爪を切ってあげるからこっちにいらっしゃい』
『はぁい、ママ』


―――子供の頃、僕は母に爪を切ってもらうのが好きだった。


【Pleasure of life】


風呂場から出た僕は、彼の私室に続くドアを開けた。小さな頭がこちらに振り向き、
やぁ益田くん上がったのかい、と柔らかく声を掛けられる。僕はそれだけで嬉しくなって、
失礼しますよ、と形式だけ断って彼の横に座り込んだ。

「何をなさってたんです?」
「いやぁ何、爪を切ってたんだ」

言われてみれば成る程、彼の文机の上には読み終えた新聞が広げられていて、
その上には三日月形の小さな爪が幾つか散らばっていた。

「夜爪(よづめ)は縁起が悪いんですよ。昔から言うでしょう、蛇が出るって」
「それは夜に口笛を吹いた時だろう。夜に爪を切ると
 身内の死に目に会えないんだよ。私ゃ子供の頃にそう聞いたぞ」
「ああ、そうでしたそうでした。“夜爪は親の死に目に会えぬ”だ」
「そうは言っても、昼間はのんびり爪を切る暇も無いからねぇ。
 なぁに、私ゃ子供の頃から爪は夜に切る派だが、未だに親父も
 お袋ぴんぴんしてるからな。あれは単なる迷信の類だろう」

就寝間際の彼の部屋は、手元を照らす小さなスタンド以外の光源は無く、
橙色の柔らかな光が畳の上に二人分の影を作った。

「きっと電気も普及していなかった時代、月灯りで
 爪を切ると危ないって云う、昔の人の戒めかも知れませんね」
「ああ、言われてみれば確かにそうかも知れないなぁ」

他愛ない会話を交わしながら寄り添うように身を寄せると、
仄かに香る石鹸の匂い。働き者の彼らしい清潔な匂いだ。
僕は愛おしむように大きく息を吸い込むと、彼の手に自らの手を重ねた。
そこで、ある事に気付く。

「それにしても和寅さん、これじゃ少し深爪過ぎやしませんか」
「え、そうかい?私ゃいつもこんな感じに切るけどねぇ」
「白い部分を全部切り取っちゃ駄目ですよ。特に貴方は
 水仕事をなさるんだから、これからの季節あまり深爪だと、あかぎれになりますよ」
「しかしねぇ、うちの先生がお召しになる服は絹だのレースだのと
 上等な物が多いだろう?あまり伸ばしていて引っ掛けでもしたら大変だからね」

僕の忠告も大して気に留める風でもなく、新聞紙の上に散らばった爪を
屑籠に放り込むと、彼は引き出しに爪切りを仕舞おうとする。
それを見た僕は少し驚いて声を上げた。

「あの、和寅さん、その手、それで終わりなんですか?」
「え?ああ、だって爪はもう切り終わったし…
 何だい、もしかして爪切り使いたかったのかい?」

彼は僕の言葉にきょとんとして、僕に爪切りを渡そうとする。

「いえ、あの、そうじゃなくて、仕上げのヤスリ掛けはなさらないんですか?」
「ヤスリ?ああ、いつも特にやらないけど…」
「駄目ですよ!」

僕は彼の手から爪切りを奪い取ると、言い聞かせるように口を開く。

「爪を切った後はヤスリ掛けをしないと、爪の先が
 割れやすくなりますよ。どれ、僕がして差し上げます」

彼に拒否されない事を良い事に、僕は彼の後ろから
覆い被さるような格好で相手の手を取った。

「本当はね、少し余白を残して切っておいて、
 そこからヤスリ掛けで丸く削るのが一番なんですよ」
「へぇ。なかなか拘るねぇ」
「受け売りですけどね。…小さい頃、母からそう教わったんです」



『龍ちゃんの手、今はまだ小さいけれど、これからどんどん大きくなって
 あっという間にママなんか追い抜いてしまうわ。
 そうしたら今よりもっともっと色々な曲が弾けるようになるわよ』
『本当?やったぁ』
『その為にも、ちゃんと爪のお手入れはしておかなくちゃね。
 お爪が伸びていたらピアノが弾けないもの』
『うん!』



「…僕は子供の頃にピアノを習っていたものですから、母から鋏以外の刃物を
 触る事を禁止されてましてね。小刀で鉛筆を削る事は勿論、爪切りも例外じゃなくて。
 お恥ずかしい話ですが、小さい頃は元より、十の声を聞く頃まで
 僕はいつも爪切りは母にして貰ってたんですよ」
「へぇ。それはまた随分と大事にされてたんだなぁ」
「今思えば、僕が一人っ子だと云う事を差し引いても、
 母は随分と過保護だったんですね。いつもこうして後ろからね、僕の手を取って…」

言いながら、相手の指先に神経を集中させて丁寧にヤスリを掛けて行く。

「でもね、僕は母にこうされる事が嫌いじゃなかった。寧ろ、こうされる事が
 僕にとっては安らぎだったんです。物も娯楽も無い時代でしたからね、
 こうして背中越しに母の温もりを感じながら、その日にあった
 色々な出来事を話すのが楽しかったんです」
「成る程ねぇ」


『今日ね、帰りに友達とケンカしちゃったんだ。明日、ちゃんと仲直りできるかなぁ』
『ピアノの先生に新しい楽譜を貰ったんだ。来週から僕、モーツァルトを弾くんだよ。
 楽しみだなぁ。僕、上手に弾けるかなぁ』
『木曜日の体操の時間、跳び箱の試験があるの。嫌だな、僕だけ跳べなかったらどうしよう』
『今度の授業参観ね、ママの事を書いた作文を発表するんだ。
 何を書いたかはまだ内緒だよ。だから、絶対に観に来てね』


嬉しい事も悲しい事も、どんな些細な事でも僕は背中越しの母に
話さずにはおれなかった。どんな些細な話でも、母は僕の言葉に
最後まで耳を傾け、時に励まし、時に諭し、共に喜び、悲み、慈しんでくれた。


僕は背中越しに母の強さを知り、指先から母の優しさを知った。


『ねぇママ。ママは何でこんなにあったかいの?』
『どうしてか知りたい?それはね、温かいと何だか嬉しくなるでしょう。
 嬉しいと誰かとくっ付きたくなるでしょう?だからよ』
『ママ、僕の事好き?』
『勿論よ。貴方はママの宝物だもの』
『やったぁ!僕もママの事、大好き!』

貧しい家に育った。
本も玩具も充分には手元に無かった。
欲しい物は我慢する事の方が多かった。

―――それでも、あの頃の僕は確かに幸せだった。

金は無くとも、金では到底手に入れらないものの全てを、母は僕に惜しみなく与えてくれた。
今ならその尊さが充分に理解できる。これだけは胸を張って言える。

僕は恵まれた子供だった。僕は幸福な子供だった。
それだけは揺るぎない事実だ。


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益田は正義だと信じてやみません。若者とオッサンを幸せにする為に奮闘する日々。
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